立場は違えど想いは一つ
ぐったりと疲れ果てたように背もたれに体を預けるセツナを見て、カタリナは彼の頭に手を乗せ、わしゃわしゃと乱暴に撫でる。
「……とまあ、私を敵に回すと怖いから覚悟しておくように」
「ま、間違ってもそんなことしませんよ」
「この私と好きな女を巡って争うことになってもか?」
「えっ?」
「ハハハ、冗談だよ」
何処まで冗談なのかわからないことを呟きながら、セツナのすぐ隣に座り直したカタリナは、居住まいを正して再び真剣な表情になる。
「さて、もう少し真面目な話をしようか」
「……まだ何かあるのですか?」
「まあ、聞け。そして少年の意見を聞かせて欲しいんだ」
「わ、わかりました」
緊張した面持ちでセツナが頷くのを見たカタリナは頷き返すと、
「……と、その前にちょっと腹に入れるものを買ってこようか」
そう言って立ち上がり、近くの屋台へと歩いていった。
程なくして両手に沢山の料理と飲み物を手にしたカタリナが戻って来る。
「待たせたな。さあ、全部私の奢りだから遠慮なく食うがいい」
「は、はい……」
どうにか返事は返したものの、セツナは机の上に所狭しと並べられた料理の数々を見て困惑する。
カタリナが買ってきたのは、ジュージューとおいしそうな音を立てている肉や魚の串焼き、肉を煮詰めたものや細かく切った肉を腸に詰めたもの、小麦粉を水に溶かして薄く焼いた生地に肉や野菜を巻いた料理に、野菜をスティック状に切ったものやフルーツの盛り合わせ、さらには追加の飲み物といった屋台村で買えるあらゆるものが揃っているような気がした。
「…………」
ランチを奢ってくれるとは言ったが、大量の料理を前に唖然とするセツナに、再び正面へと移ったカタリナが野菜スティックにソースを絡めて齧りながら説明する。
「こういう場では食事を終えた者は、とっとと立ち去らなければならないんだ」
「なるほど」
頷くセツナの手には、カタリナの殺気から解放された安堵感で思わず飲み干して空になった特製ラブラブトロピカルジュースの瓶がある。
どうやらそのことに気付いたカタリナは、話が長くなることを想定して大量の料理を用意したということだった。
「さて、それじゃあ食べながら話をしようか」
セツナに肉の串を手渡しながら、カタリナが話を続ける。
「実は、少年たちとダンジョンに潜った翌日、どうしてあそこにトロルが現れたのか、私とミリアムの二人で調べてみたんだ」
「えっ? そ、それっていいんですか?」
「何がだ?」
「何がって……」
全く悪びれる様子も見せないカタリナに、セツナは思わず絶句する。
ダンジョンには、一度潜ったら中二日は開けないと次の探索はしてはいけないことになっている。
これは冒険者全員に課せられるルールのはずなのだが、どうやらカタリナはそれを堂々と破っているようだった。
ギルドマスターという立場にある人間が、そんな簡単にルール違反をしていいものかと不安そうな顔をするセツナに、カタリナは「フッ」と不敵に笑ってみせる。
「心配するな。流石の私も他のギルドを無闇に敵に回すような真似はしないよ」
「で、では……」
「ああ、調査という名目で、監視付きで潜ったんだよ」
冒険者ギルドとしても、初心者も潜る第一階層でトロルが現れたのは一大事ということで、それなりの規模での調査となったという。
「それで……何か、わかったのですか?」
セツナが探るように尋ねると、カタリナはゆっくりとかぶりを振る。
「いや、残念ながら何もわからなかった。ダークゾーンの先も見てみたが、あの先は行き止まりになっていて、トロルが現れるような仕掛けもなかった」
「では、まさか本当に?」
アウラを亡き者にしようとした何者かが、あそこにテイムしたトロルを連れてきたのか、もしくは想像も付かない何かしらの方法があるのか?
何一つとしてわからないが、それでもあの時の状況がいかに異質だったのかをセツナは理解する。
「それで……」
一通り話を終えたカタリナは、串焼きの肉を豪快に頬張りながらセツナに尋ねる。
「ほむほむ………………で、少年の見立てで、この状況はどう思う?」
「そう……ですね」
カタリナに倣い、たっぷりの香辛料をかけて香ばしく焼き上げられた肉を堪能しながら、セツナは思ったことを口にする。
「少なくともあのトロルは、何者かの作為が感じられることは確かです」
だが、
「それがアウラさんを狙ったものかどうかは、断定はできません」
「その心は?」
双眸を細めるカタリナに、セツナは「うっ……」と少したじろいでしまうが、それでも恐れずに自分の意見を告げる。
「単純な話です。あの時、僕たちがダークゾーンの前に行ったのは偶然のはずです」
それに、
「あのトロルはアウラさんではなく、アイギスさんを狙っていました。このことから、トロルをテイムできる能力はあっても、狙った人物をねらうことはできないと推測できます」
「…………確かにな」
セツナの意見を聞いたカタリナは、一応の納得はできたのか鷹揚に頷く。
「参考になった。助かったぞ、少年」
「ぼ、僕なんかの意見でよかったのですか?」
「そう自分を卑下するな。それに、少年の意見が聞けてとてもよかった」
エールが入ったジョッキを傾けて一口飲んだカタリナは、ニヤリと笑ってみせる。
「私とミリアムは、アウラを狙う輩ばかりを追っていたが、君のお蔭で少し視野が広がったような気がするよ」
「それは良かったです……それに」
セツナは食べ終えた串をテーブルに戻すと、カタリナの目を見て自分の決意を話す。
「こうして知ってしまった以上、僕もアウラさんを守るのに協力します」
「そうか……その言葉が聞けただけでもよかったよ」
カタリナは嬉しそうに双眸を細めると、手にしていた木のジョッキをセツナへと差し出す。
それが何を意味するかを理解したセツナは、空になった特製ラブラブトロピカルジュースの瓶を差し出して乾杯した。