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怒ると怖いお姉さま

「あ、あんさ……」


 思わず腰を浮かせて声を上げようとしたセツナであったが、カタリナから他言無用であると言われたことを思い出し、慌てて口を塞いで座り直す。


 念のために周囲を見て誰もこちらを見ていないことを確認したセツナは、頬杖をついてニヤニヤと笑っているカタリナへと向き直る。


「ふむ、そこで声を上げることを我慢できたことは褒めてやろう」

「そ、それはどうも……」


 セツナは何とも言えない表情で礼を言った後、カタリナへと顔を近付けて声を潜めて尋ねる。


「それで……今の話は本当なのですか?」

「さあ? 真偽については正確なところはわからん」

「カ、カタリナさん?」


 じゃあ、今までのやり取りは何だったの? と呆れるセツナに、カタリナは蠅を追い払うようにひらひらと手を振る。


「仕方ないだろ? 確証はないけど、疑う材料はごまんとあるんだ」

「そんなに?」

「ああ、リブラ教ほど大きな組織となると様々な派閥が存在していてな。アウラの父親である大僧正をはじめとする組織は、聖女という存在を重宝しているのだが……」

「そうでない組織もあると?」

「そういうことだ。そして聖女を排除したいと考えている派閥のトップが、ヴァルミリョーネ大律師というわけだ」


 ヴァルミリョーネ大律師は聖女をはじめとする様々な偶像を排斥し、新たな秩序を築くと公言して人気を集めているらしく、公約を成すために色々と暗躍しているという黒い噂が絶えないのだという。


「実のところ、アウラが私たちのギルドに入っていなかったら、どうなっていたかわからん」


 カタリナによると、アウラとダンジョンに潜るようになってから、明らかに魔物との遭遇頻度が増したという。


「それに少年と初めてダンジョンに潜った時も、普通じゃ有り得ないことが起きた」

「そう……なんですか?」


 何か気になることがあっただろうかと思い返してみるが、とくにこれといった記憶は思い当たらない。


「何か、ありましたっけ?」

「あっただろう? ほら、皆でダークゾーンを見学に行った時だよ」

「ああっ!」


 そう言われてセツナは、ダークゾーンでの出来事を思い出す。


 あの時はダークゾーンから不意を打つ形で巨大な亜人、トロルが現れ、危うくアイギスが襲われそうになったが、いち早く異変に気付いたセツナが毒を以って魔物を倒したのだった。


「確か、トロルは四階層より下のフロアでないと出ないんでしたっけ?」

「そうだ。こんなことは今まで一度もなかった。しかも、ダークゾーンから不意打ちをしかけてくるなんて、下手したら大惨事になっていたな」

「それは……そうですね」


 トロルの常人とは比べものにならない膂力で叩き潰されたら、一瞬で絶命してしまうのは違いない。


 偶然とはいえ、アイギスをトロルの魔の手から守れたのは僥倖だったとセツナは思う。


「そう言った意味では少年、あの時の少年の活躍はいくら感謝してもしきれんな」


 カタリナは手を伸ばしてセツナの右手を取って優しく包むと、微笑を浮かべて拝むように頭を下げる。


「改めて礼を言わせてくれ。アイギスを……私の大切な仲間を救ってくれてありがとう」

「ど、どうも……」


 カタリナから優し気な笑みを向けられ、セツナは思わず赤面しながら照れたように頬を掻く。


 いきなりデートに誘われた時は大いに戸惑ったが、カタリナとも他の鮮血の戦乙女ブラッディ・ヴァルキュリアのメンバーと同じように仲良くなれるかもしれない。



 そう思った矢先、


「だがな……」


 カタリナは慈母のような笑みから表情を一変させて真剣な表情になると、さらに目を細めてセツナのことを射貫くように睨む。


「実は私は、君こそがアウラを亡き者にしようとする教会からの手先だと思っていたよ」

「…………えっ?」


 カタリナからの思わぬ一言に、セツナの表情が凍り付く。


「じょ……」


 冗談ですよね? と尋ねようとするセツナであったが、カタリナから向けられる本気の殺意を前に、上手く言葉が出て来なかった。


「…………」


 無言のままセツナを睨んでいるカタリナは、ゆらりと立ち上がるとテーブルを迂回するように移動して隣へと立つ。


「あ、あの……」


 カタリナから放たれる圧力から逃れるように顔を伏せたセツナは、ここで何かを言わなければ殺されると、言うことを聞かない喉を無理矢理動かそうと手を当ててどうにか言葉を発する。


「そ、その……僕は…………違います。教会の手先……なんかじゃないです」

「ああ、知ってる」


 次の瞬間、カタリナから発せられていた殺気が嘘のように霧散し、彼女は穏やかな笑みを浮かべて頷く。


「言っただろう? 手先だと思っていた、と」

「じゃ、じゃあ……」

「ああ、君の身の潔白は、レオーネが証明してくれたから安心していいぞ」

「……レオーネさんが?」

「ああ、どうやらレオーネは、少年の父親と知り合いのようでな。君が教会とは全くの無縁の存在だとすぐさま教えてくれたよ」

「そ、そうですか……」


 どうしてレオーネが自分の父親と知り合いなのかは皆目見当もつかないセツナであったが、とにかく一言だけカタリナに言いたいことがあった。


「そ、そそ……それを早く言ってくださいよ~」


 カタリナの迫力に本気でビビっていたセツナは、安心して力が抜けたのか、大きく息を吐いて座っていた椅子の背もたれに全体重を預けた。

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