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何だかいいことがおきそうな朝

 セツナが教会内で寝泊まりすることが認められた翌朝……、


「んんっ、起きるか」


 いつものルーティンを守るように、セツナは陽が昇るより早くベッドから身を起こす。


 昨日までは朝起きると口の中に藁が入っていたり、体の中に得体の知れない虫が入っていたりと、朝一から気の滅入ることが多々あったが、教会内のベッドならそんな心配は無用だ。


「ああ、こんなに気持ちのいい朝はどれぐらいぶりだろう」


 村を出てから途中の寝床といえば、馬車の中か野宿か宿に備え付けの厩の中か……ベッドで眠ること自体、セツナにとって実に一ヶ月以上ぶりであった。


「さて……」


 ベッドから降りて体の調子を確かめるようにストレッチをしていると、窓の外が僅かに明るくなって来る。


「……日の出か」


 いつもと違う朝を迎えるからか、セツナは何となく気になって備え付けの窓へと近付き、鍵を外して開けてみる。


「うおっ!?」


 その瞬間、思ったより強い風が室内へと吹き込んできて思わず声を上げるが、


「おおっ……」


 続く景色を見て、セツナは思わず感嘆の溜息を漏らす。


 遥か彼方の稜線から一日の始まりを告げる陽が姿を現すと、夜の時には何も見えなかったオフィールの街の姿が一望できるようになる。

 何より目に付くのは街の中央にあるギルド総本部、コロッセオで、その円形の闘技場の大きさは他の追従を許さない圧倒的な迫力があった。


 他にも色とりどりのカラフルな屋根がある地区や、見たこともない円形状の屋根が並ぶ地域、そして先日訪れた巨大な木を模した建物『猟友会』の本部、ユグドラシルまで確認できた。

 教会がオフィールの街でも屈指の高さにあることもあり、ここからなら街の隅々まで見渡せるのでは? と錯覚してしまいそうになる。


 勿論、そんなことはないことは百も承知しているセツナは、


「…………うん、今日も一日頑張ろう」


 部屋が寒くなって周りに迷惑をかけないようにと、窓を閉めてサッと着替えると、朝食作りのために階下へと降りていった。



 セツナが顔を洗おうと外にある井戸に向かうと、そこには既に先客がいた。


「セツナ君、おはよう」

「あっ、アウラさん……」


 思わずいつも通り緊張でどもってしまいそうだったが、何時までも同じではアウラにも悪いと思い、セツナはグッと堪えて笑顔で挨拶する。


「おはようございます。今日はいつにもまして早いですね」

「うん、何だか今日はいつもよりやる気があって早く起きちゃったの」


 アウラは濡れて額に張り付いた前髪を手櫛で整えながら、白い歯を見せて笑う。


「実は次の冒険から二階層に挑むことになったの」

「えっ、もう?」


 ダンジョンに入れるのは三日に一度のはずなので、アウラはまだ片手で数えられる階数しかダンジョンに潜っていない。

 それなのに二階層に挑むということは、ギルドメンバーが少ないということがあっても異例のことではないだろうか?


 そう思って驚くセツナであったが、


「でも、セツナ君はもう三階層まで潜ったことあるでしょ」


 自分より先に行っている年下の男の子が羨ましいのか、アウラは不満そうに唇を尖らせる。


「私もすぐにセツナ君に追いついてみせるから、待ってなさいよ」

「あっ、は、はい……」


 三階層まで潜ったのはイレギュラーなことであり、当分はそこまで潜る予定はないセツナであったが、ここで下手に反論する勇気はないのでおとなしく頷いておく。


「アウラさんなら、すぐにでも三階層まで行けますよ」

「うん、そのためにはもっともっと頑張らないとね」


 やる気に満ち溢れているのか、アウラは「シュッ、シュッ」と短く息を吐きながらシャドーボクシングをする。

 目にも止まらぬ速さで繰り出される拳は、お世辞にも聖女らしいとは言えなかったが、それでもアウラのはつらつとした姿に、セツナもまた元気をもらった気持ちになる。


 誰もが思い描くような神々しい聖女とは少し違うような気もするが、アウラのように人に元気を与えてくれるような聖女がいてもいいとセツナは思う。


「…………よしっ!」


 一通り何かしらの型をやり終えたアウラは、大きく息を吐いて心を落ち着けると、弾けたような笑顔を見せる。


「それじゃあ、師匠。今日も料理の手ほどき、お願いしますね」

「あっ、は、はい、じゃあ今日から別の料理を覚えていきましょうか」

「わっ、やった」


 料理もステップアップできると聞いたアウラは、嬉しそうに手を叩いてセツナにリクエストをする。


「じゃあさ、私、パンケーキが作ってみたいな」

「パンケーキ、ですか?」

「うん、セツナ君がユグドラシル名物のパンケーキの再現を目指してるって、アイギスさんから聞いて、私も食べてみたいって思ったの」


 やはり甘い物の魅力は格別なのか、アウラはうっとりとした表情でセツナに懇願する。


「ねえ、ダメかな?」

「うっ……」


 少しは女の子に慣れてきたといっても、アウラのような美少女にそんなお願いをされたら、セツナに断れるはずもなかった。


「わ、わかりました。では、今朝はパンケーキを作りましょう」

「やった。フフフ、朝から甘い物が食べられるなんて……こんな幸せなことあっていいのかな?」


 頬を紅潮させてぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶアウラを見て、セツナはたまにはそんな朝があってもいいかな? と笑みを零しながら頭にパンケーキの作り方を思い描いていく。


 新しい居場所を得て最初の朝は、最高のスタートを切ることができた。

 アウラとの関係も良好だし、これからもきっと平穏で素晴らしい日々が続くに違いない。


 この時のセツナはそう思っていた。

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