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自分の部屋

「……………………はっ!?」


 セツナが目を開けると、知らない天井が飛び込んでくる。


「あっ、セツナ君、起きた?」

「あっ、は、はい、起き……ました」


 寝起きでまだ頭が働いていないセツナは、漫然とした動きで首を動かして声のした方を見やる。


「あ、ああっ、アウラさん!?」

「うん、大丈夫だから落ち着いてね」


 これまで幾度となく慌てふためくセツナを見て来たからか、アウラは慣れた様子で起き上がろうとする彼を落ち着かせる。


「うん、傷口が開いた様子もないね。それで、まだ何処か痛む?」

「あっ、いえ、それは……大丈夫です」


 まるで子供をあやすように簡単に諫められたセツナは、周囲の状況を確認する。


「アウラさんがいるということは、ここは?」

「うん、教会のセツナ君の部屋だよ」

「僕……の?」


 教会内におけるセツナの居場所は、施設内で飼っている家畜と一緒の厩のはずではないだろうか?


 そう思って首を傾げるセツナに、アウラは優し気な微笑を浮かべる。


「実はね、使っていない客室の一つを、セツナ君の部屋にすることにしたの」

「えっ?」

「頑張ってるセツナ君を、男の子だからという理由で厩なんかに置いておくのはダメだってことになってね。皆で話し合って決めたの」

「そ、それってアウラさんが?」

「ううん、私じゃないよ」


 本当は私が言いたかったんだけどね。と言ってアウラは眦を下げると、議題の発案者を告げる。


「最初に言い出したのは、アイギスさんなの」

「ア、アイギスさんが?」

「うん、それでミリアムさんが賛成してくれたから、後はスイスイ決まったんだよ」

「ミリアムさんも……」


 アイギス、ミリアムという思いもよらなかった人たちから発案されたと知り、セツナは唖然とする。


 第一印象が良くなかったであろう二人から、セツナの部屋を用意して欲しいなんて話が出るとは思わなかった。


「ここが僕の…………」


 セツナは未だ混乱している頭で、自分に与えられた部屋を見る。


 何より気になるのは、自分が寝ているベッドだ。


 これまで厩の藁の上で寝ていたのだが、比べるまでもなくベッドの方が柔らかく、何より獣臭くないのが最高だった。


 元々は客室だったという部屋は、セツナが寝ているベッド以外はサイドチェストが一つと、アウラが腰かけている椅子、そしてクローゼットと小さな窓があるだけの飾り気とは無縁のシンプルな部屋だった。


 広さは二人だけで手狭に感じるほど広くはないが、それでもこの小さな部屋が自分の城だと思うと、セツナは頬が緩むのを止めることができなかった。



「……喜んでくれてるみたいだね」


 セツナの表情を見て笑みをこぼしたアウラは、椅子から立ち上がって彼へと手を差し伸べる。


「よし、セツナ君。行こう」

「行くってどこに?」

「歓迎会、改めてセツナ君のために開くことにしたの」

「ぼ、僕のために?」


 信じられないと目を見開くセツナに、アウラは手を伸ばして彼の手を取ってぐいぐい引っ張る。


「ちなみにこれを提案したのは私だよ」

「アウラさんが!?」

「うん、だってあの時のセツナ君、心ここにあらずという感じで、料理も殆ど食べられなかったでしょ?」

「う、うん……」


 あの時は極度の緊張で、料理の味どころか、誰がどんな会話をしていたのかもセツナは殆ど覚えていない。

 覚えていることは、レオーネに言われたやるべきこと、やってはいけないことを永遠に頭の中で反芻し、もう二度と挨拶で失敗しないようにと、そればかり考えていた。


 あの日の虚無に等しい歓迎会をやり直しできるなんて考えてもいなかったセツナは、アウラに手を引かれるまま立ち上がり、彼女に向かって頭を下げる。


「アウラさん、ありがとうございます。とても嬉しいです」

「そう? よかった」


 アウラは白い歯を見せて嬉しそうにはにかむと、セツナと繋いだ手に力を込めて引っ張る。


「ほら、みんな待ってるから行こう」

「うん……うん!」


 大きく頷いたセツナは、勇気を出してアウラと繋がっている手を握り返してみる。


「――っ!?」

「ん、どうしたの?」

「な、何でもないです」


 思わず握り込んだアウラの手の柔らかさに驚いたセツナだったが、ここで狼狽えるわけにはいかないと、再び力籠めてしっかり彼女の手を握る。


「そ、それでは、行きましょうか?」

「うん、こっちだよ」


 今にも心臓が張り裂けそうなほど早鐘を打っているセツナとは違い、アウラは特に気にした様子もなく踊るような足取りで歩きはじめる。



「今日はセツナ君のために、私も料理を頑張ったんだから」

「そう……なのですか?」

「といっても、セツナ君から教えてもらったポトフだけだけどね。でも、今日のは特別においしくできたから楽しみにしておいて」

「わかりました」


 嬉しそうに笑うアウラにつられて、セツナも笑顔で応える。

 アウラが作ってくれたものなら、どんなものでもおいしく食べる自信がセツナにはあったが、それを口にするような勇気はない。


 少なくとも今度の歓迎会は、緊張して何もわからないまま終わってしまうようなことはないだろう。


 少しは鮮血の戦乙女ブラッディ・ヴァルキュリアの皆と打ち解けられたと思うし、多少は緊張せずに会話もできるようにもなった。


 冒険者と教会の犬という立場の違いはあっても、ひとつ屋根の下に住む仲間として、これからも彼女たちとは仲良くしていきたいとセツナは強く思った。

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