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あの人のおっぱいは……

 倒したサキュバスから戦利品を押収した一同は、ダンジョンの出口目指して移動を開始する。


「もう、本当に大丈夫なの?」


 死体が入った棺を運ぶことを引き受けたファーブニルが、今にも倒れてしまいそうなセツナに話しかける。


「無理しなくても、辛いなら地上までボクがおぶってあげるよ?」

「い、いえ、大丈夫です」


 不安そうに手を伸ばそうとしてくるファーブニルに、そこら辺で拾った棒を杖代わりにして歩くセツナは小さくかぶりを振る。


「僕を背負ってしまうと、ファーブニルさんがいざという時に戦えませんから」


 ひとまずの危機は去ったといっても、ここはまだダンジョン内で、しかも初心者の冒険者では挑むことすら難しい三階層にいるのだ。


 ファーブニルが勇者と呼ばれる実力を持っているとしても、セツナは自分が原因で彼女に危害が及ぶような真似は避けたいと思っていた。


「ただでさえ死体の入った棺を持っていただいているのに、これ以上の迷惑はかけられないです」

「もう、そんなこと気にしなくていいのに……」


 何処までも真面目に、頑なに手助けを拒むセツナに、ファーブニルは不満そうに唇を尖らせる。


「まあまあ、ファーブニルちゃん。その辺にしておきましょ」


 名残惜しそうに何度もセツナの方をちらと見るファーブニルを、ミリアムが彼女の肩を掴んで止める。


「セツナ君も男の子なのよ。女の子であるファーブニルちゃんにカッコイイところ見せたいのよ」

「えっ、ボクに?」


 目を見開いて聞き返すファーブニルに、ミリアムは笑顔で頷く。


「そうよ。ねえ、セツナ君。可愛いファーブニルちゃんにカッコイイところ見せたいから頑張るのよね」

「そ、それは……」


 ファーブニルと密着するようなことになったら気が気でなくなるから、というのが本当の理由なのだが、ミリアムが意味深な視線を送って来るのに気付いたセツナは、彼女の提案に乗って頷いておく。


「はい、その……ファーブニルさんみたいな綺麗な人には、カッコ悪いところは見せたくないです」

「…………ふ~ん」


 ファーブニルは嬉しそうに鼻孔を広げると、おどおどした様子のセツナを見る。


「ボクが可愛い……それに綺麗……ふ~ん」

「な、なんですか?」


 意味深な目線を送って来るファーブニルに、セツナは困惑したように彼女の視線を受け止める。


「僕の顔に何か付いてますか?」

「ううん、何でもないよ」


 ファーブニルはニッコリと笑ってかぶりを振ると、振り返ってセツナから離れていく。


「……そっか、ボクのことキレイって思ってくれてるんだ」


 誰にも聞こえないような小さな声で呟いたファーブニルは、鼻歌を歌い、スキップしながら棺を引っ張っていく。



「…………」


 どうしてファーブニルがご機嫌になったのかが理解できないセツナは、唖然としながらミリアムへと視線を送る。


「フフフ……」


 セツナから「どういうことですか?」という視線に気付いたミリアムは、唇に人差し指を当てて微笑を浮かべる。


「コラッ、女の子の気持ちを他の人に聞くような野暮なことをしちゃダメよ」

「そうなんですか?」

「そうよ。だから頑張って理解するの。そうすればもっと女の子と仲良くなれるわ」

「もっと仲良く……」

「うん、だから頑張れ、男の子」


 そう言ってセツナの肩を軽くたたいたミリアムは、軽やか足取りで先を行くファーブニルの後に続く。


 そして、一人残されたセツナは、


「…………よくわからないけど、頑張ろう」


 女の子と仲良くなれるならと、ミリアムから言われたことを反芻しながら二人の女性の後に続いた。



 途中、ダンジョン内を徘徊する魔物たちとの遭遇があったが、ミリアムの的確な索敵と、やる気満々のファーブニルの活躍もあり、セツナたちは無事にダンジョンの入口まで戻ることができた。


 二人の女性に続き、最後にセツナが螺旋階段のある広間へと足を踏み入れたところで体力の限界が来たのか、


「ああ……やっと帰って来た」


 セツナは安堵の溜息を吐くと、手にしていた棒を取り落としてその場に倒れそうになる。



 すると、


「セツナ!」


 普段は教会にいるはずのレオーネが駆け寄って来て、満身創痍のセツナの体を抱き止める。


「おい、生きてるか!?」

「……あれ?」


 ここにいるはずのない声を聴いたと、虚ろな表情のセツナは首だけ動かして声の主の顔を見る。


「レオーネ……さん? どうして……ここにいるのですか?」

「決まっているだろう。お前のことが心配で来たんだよ」

「僕を?」

「そうだよ、先に戻ったカタリナからミリアムの仕事のことを聞いてな。流石のお前でも、サキュバスを相手に無事でいられるとは思えなくてな」

「そう……ですか」


 もう指一本動かす余裕もないのか、セツナはレオーネの腕の中で数度ゆっくりと瞬きをした後、


「やっぱり、レオーネさんのおっぱいは…………硬いや」


 消え入るような声でそう呟くと、そのまま意識を失って寝息を立てはじめる。


「……全く、相変わらず失礼な奴だな」


 修道服の下に身に付けた鉄の胸当ての上で安らかに眠るセツナを見て、レオーネは呆れたように苦笑して彼の口に付いた血を拭ってやった。

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