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頑張ったご褒美

「…………終わった?」


 地に伏したまま動かない二人のサキュバスを呆然と眺めながらセツナが小さく呟く。


「お姉さん……」


 額から血を流して死んでいるシャルムを見て、セツナはつい先ほどまで彼女の胸に触れていた自分の右手へと視線を落とす。


 生まれて初めて触ったおっぱいの感触は、これまで触って来たどんなものよりも柔らかく、温かかった。

 あの時、少しでも右手に力を入れていれば……そんなことをついつい考えてしまいそうになるが、あの時シャルムに語った気持ちに噓偽りはないとセツナは思う。


「……うん」


 だからこれでよかったのだ。


 セツナは右手をしかと握り、自分の決断は間違っていなかったとホッ、と息を吐く。



 すると、


「犬さあああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁん!!」

「ごふっ!?」


 一息吐いたセツナに向かって、ファーブニルが体当たりをする勢いで抱き付いてくる。


「ああ、よかった……ボク、犬さんが狙われると聞いて、ずっと気が気でなかったの」

「あ、あわ、あわわ……」

「本当は早く助けに来たかったんだけど、仲間を撒くのに時間がかかっちゃって……本当、遅くなってごめんね」


 ファーブニルはセツナの顔を両手で掴むと、激しく頬擦りしながら彼の体を遠慮なくベタベタと触っていく。


「ああ……犬さん、こんなに怪我して……痛い? 痛いよね?」

「…………」

「わあああぁぁん、犬さんの顔色がどんどん悪くなっていく。どうして? 犬さん、しっかりして!」

「ちょ、ちょっとファーブニルちゃん」


 ぐったりとするセツナを起こそうと激しく体を揺さぶるファーブニルを、珍しく慌てた様子のミリアムが止めに入る。


「セツナ君、肋骨が折れているみたいだから、あまり激しく動かすのは、ね?」

「あっ、そ、そうなんですね」


 ミリアムの一言でようやく正気に戻ったファーブニルは小さな声で「ごめんね」と謝罪しながらセツナの体を地面に横たわらせる。


 ファーブニルの抱擁から解放されたセツナは、折れた肋骨がかなり痛むのか、土気色の顔で浅い呼吸を繰り返していた。


「犬さん、もう少しだから頑張って」


 弱っているセツナを励ますため、自身の過失などなかったかのようにファーブニルはミリアムへと目を向ける。


「ミリアムさん……」

「ええ、わかっているわ」


 一刻の猶予もないと察したミリアムは、真剣な表情になってセツナの腹部へと手をかざす。


「慈愛に満ちた大地の聖霊よ。彼の者に今一度の御力を与え給え……」


 涼やかな声でミリアムが魔法の詠唱を開始すると、彼女の手に渦を巻くように光が集まり、温かで淡い光を放ち始める。


 ミリアムは温かな光に包まれた手を、ゆっくりとセツナの患部へと当てる。


 すると、光がゆっくりとセツナの患部へと吸い込まれていき、土気色だった彼の顔色に徐々に生気が戻っていく。


 やがて顔色がすっかり元通りになると光も徐々に弱まっていき、ミリアムは「ほぅ」と大きく息を吐く。


「とりあえず、これで応急処置は済ませたわ」

「じゃ、じゃあ、犬さんはもう大丈夫なんですね?」

「命の別状はないわ。ただ、二日ぐらいは激しい運動は無理だけどね」


 ミリアムが診断結果を告げると同時に、


「う、ううっ……」


 意識を取り戻したセツナがゆっくりと目を開ける。


「あれ? 僕は……」

「フフッ、気が付いたわね」


 呆然とするセツナに、微笑を浮かべたミリアムが手を伸ばして彼の目にかかった髪を退けてやる。


「大丈夫? まだ何処か痛むところはある?」

「えっ? あっ、はい……」


 そう言われてセツナは、体がバラバラになるのではと思っていたほどの前身の痛みが、すっかりなくなっていることに気付く。


「大丈夫みたいです……これも、ミリアムさんが?」

「そうよ。私の魔法は、本当はとても高くつくんだけどね」

「高く……」


 その一言で、セツナはミリアムとある約束をしていたことを思い出し、懐から財布を取り出して彼女に差し出す。


「ミ、ミリアムさん……あの、これ……」

「あら? これは何?」

「その……お約束した僕の全財産です」

「あらあら、律儀に覚えていたのね」


 ミリアムは思わず苦笑すると、セツナから小さな巾着を受け取る。


「ふむふむ……」


 紐を解き、中身を確認したミリアムは、腰に括り付けた財布を取り出す。


 そうして何をするかと思いきや、自分の財布から何枚かの銀貨を取り出し、セツナの財布の中へと入れていく。


「ふむ……こんなものかしら?」


 受け取った時よりかなり重量が増したセツナの財布を見て満足気に頷いたミリアムは、それを再び彼へと差し出す。


「はい、セツナ君、どうぞ」

「えっ? あ、あの……僕に返していいんですか?」

「ええ、その為に差し出しているのよ」

「でも、中身……増えているんですけど」

「そうね、私の財布から何枚か中に入れたからね」

「ど、どうして……」


 まだ何か裏があるのではと思い、セツナは財布には手を伸ばさずにミリアムに尋ねる。


「どうして僕がミリアムさんに全財産を払うという話だったのに、逆にお金をくれるんですか?」

「そうね、では順を追って説明をしましょうか」


 まだ混乱した様子のセツナに、ミリアムは彼にお金を渡す理由を話す。



「最初に、依頼通りセツナ君の全財産を私がいただきました」

「はい……」

「そして次に、今回、囮になってもらった報酬を支払いました」

「えっ、僕も報酬を貰えるんですか?」

「もちろん、知らなかったとはいえ、一番危険な役目をやってもらったんだからね」


 ミリアムによると、今回の報酬だけでセツナの全財産を軽く超えるとのことなので、結果としてお金が増えるのだという。


 例え報酬が貰えるのだとしても、そこも含めて全財産だと思っていたセツナにとっては、ミリアムの裁量はとても嬉しいものだった。


「そして最後に……」

「ま、まだ、あるんですよ」

「ええ、そうよ」


 ミリアムはニッコリと満面の笑みを浮かべると、両手に包み込んだ財布を大切そうに差し出しながら話す。


「後は今後のセツナ君への私からの投資、かな?」

「と、投資?」

「そう、さっきのセツナ君、思わずお金をあげたくなるくらいにはとってもカッコよかったわ。特にサキュバスの誘惑を跳ね除けたところなんか特に、ね」

「うっ……」

「初めてのおっぱいは好きな人じゃなきゃ嫌だなんて……セツナ君って一途なのね」

「あっ、は、はぃぃ……」


 女性から面と向かって褒められることになれていないセツナは、顔を真っ赤にして堪らず視線を逸らす。


 表現は独特だが、お金に執着しているミリアムから逆にお金をもらえるということは、それだけ彼女に認められたということだろう。


 ミリアムは真っ赤になっているセツナの手を取ると、彼の手に財布を渡してやりながら耳元で甘く囁く。


「せっかくだからとびきりいい男の子になってね。お姉さん、応援してるから」

「は、はいっ、頑張ります!」


 財布を受け取ったセツナが嬉しそうに破顔すると、それを見たミリアムとファーブニルもまた相好を崩した。

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