手の平の上で踊らされる悪魔
金払いが良い秘密のクエストを受注したミリアムだったが、犯人の特定はすぐにできた。
「たまに夜に一人で飲みたい時に行く酒場で、あなたたちの悪巧みを聞いちゃったの」
そう言ってミリアムは、エルフ特有の長い耳を揺らして微笑む。
ミリアムが聞いた企みとは、言うまでもなくセツナを排除したいと願うライオネスからの依頼であった。
今回、酔ったライオネスから得た情報で、セツナをターゲットに定めた二人のサキュバスは、まずは彼以外の教会の犬たちを封じることにした。
ライオネスからの要請で何人かの犬に自主的に体調を崩してもらい、最も深い場所まで潜れるベテランには、彼の家族を人質にした後、多額の退職金を用意することで田舎に帰ってもらうことにした。
次は死体の調達だが、これだけは流石に簡単には用意できるものではない……と思われるが、数多くのパーティがダンジョンに挑めば、死んでしまう者は少なくとも毎日一人や二人は現れる。
浅い階層ではセツナを完全に孤立させることは難しいし、彼が教会の犬であるにも拘らずそれなりの実力者であることは既に聞いていた。
故に、適度に深い階層で、シャルムたちが自由に動かせる魔物がいる場所での待ち伏せが必要となる。
ここで活きてくるのが、最初にセツナ以外の教会の犬を封じたことである。
セツナ以外の犬たちを封じることができれば、後は一日でそれなりに出る死体の中で、最も襲撃に適したポジションで死んだ者の回収を依頼するだけで済むからだ。
随分と大がかりな仕掛けとなったが、それもこれも『猟友会』という大きなギルドに所属するナンバーファイブ、炎のライオネスという男の知名度と資金力あってのことだった。
「……というわけよ」
二人のサキュバスの企みを話したミリアムは、呆然と話を聞いていたセツナに向かって小さく頭を下げる。
「セツナ君、ゴメンね」
「な、何がですか?」
戸惑いながら見上げるセツナに、ミリアムは苦笑しながらある事実を話す。
「今回、この子たちをおびき出すために、あなたのことを囮にさせてもらったの」
「えっ?」
「全て嘘なのよ。教会の犬たちが一斉に動けなくなったのも、ベテランの犬が帰ったという話も」
「えっ、ええっ!?」
ミリアムのまさかの一言に、セツナは口をあんぐりと開けて呆然となる。
「で、では、もしかしてリードさんも?」
「ううん、彼は知らないわ。今回の件を知っているのは、本当に最小限の人間だけよ」
「そう……ですか」
全ては仕組まれたことと聞いて何だか複雑な気持ちになったが、少なくともギルド総本部で見せたリードの怒りが演技ではなかったと聞いて、セツナは小さく安堵する。
ベテランの犬も協力していたということは、こんな無茶をしなくちゃいけないのは当面はないということである。
瞬時にそう判断したセツナは、ミリアムに向かって笑顔で頷いてみせる。
「少し驚きましたが、何も問題ないです」
「そう、いい子ね」
物わかりのいいセツナの態度に、ミリアムは微笑んで見せた後、立ち尽くす二人のサキュバスへと目を向ける。
「……というわけよ。街の中でちょっとおイタするだけだったらお目こぼしもあっただろうけど、あなた達はやり過ぎたのよ」
「クッ……」
「だからと言って……」
二人のサキュバスは、悔しそうに歯噛みしながら揃って両手から長い爪を出して構える。
「ここでお前を殺せば、また真相は闇の中よ!」
「そうよ、私たちの狩場にたった一人で来たことを後悔させてあげるわ!」
まだ反撃の目があると、サキュバスたちは二手に分かれてミリアムへと襲いかかる。
「あなたがいくら強くても、所詮は後衛のエルフよ!」
「どんな魔法を使っても、私たちの同時攻撃を防げるはずがないわ!」
「フフッ……」
迫りくるサキュバスたちを前にしても、ミリアムは余裕の表情を崩さない。
その理由を、ミリアムは弓を構えながら告げる。
「ところでどうして私が、一人で来たということになっているのかしら?」
「ハッ、ハッタリを!」
「そうよ! あなた以外に誰もいな…………」
シャルムに続いて叫ぼうとしたソールの言葉が途中で途切れると同時に、彼女の姿が消える。
「……えっ?」
突如として相方の気配の無くなったことに、シャルムは思わずそちらの方へと目を向ける。
すると、
「正義の味方、参上だよ!」
ギルド『猟友会』のナンバーワン、勇者ファーブニルが風の様に颯爽と現れ、ミリアムに襲いかかろうとしていたソールの体を真っ二つに切り裂いていた。
目にも止まらぬ早業で敵を葬ったファーブニルは、剣に付いた血糊を振り払うと、切先をシャルムに向けて堂々と言い放つ。
「淫らな悪党め、犬さんはやらせないよ!」
「そんな……まさか勇者!?」
ファーブニルの登場に愕然とするシャルムだったが、
「あら、余所見なんかしていていいのかしら?」
そんな彼女に、ミリアムが歌うように軽やかに話しかける。
「たかが後衛相手とはいえ、少し隙を晒し過ぎじゃないかしら?」
「――っ!?」
その一言で正気に戻るシャルムだったが、そんな彼女の眉間に向けてミリアムは容赦なく矢を放つ。
「あっ……」
完全に不意を打たれる形となったシャルムは小さく呻き声を上げたかと思うと、放たれた矢を避ける間もなく額を撃ち抜かれて背後へと倒れる。
驚愕に目を見開いたまま地に伏したシャルムは、そのまま二度と動くことはなかった。