いくら払う?
「う、うわあああああああああああああああああああぁぁぁ!」
迫りくる二本の尻尾を前に、セツナは情けない声を上げながらギュッ、と目を閉じる。
(皆……レオーネさん、ごめんなさい)
脳裏に鮮血の戦乙女のメンバー、そして自分を拾ってくれたレオーネの顔を思い浮かべながら、セツナはその時が来るのをジッと耐える。
「…………」
だが、どうしてかいつまで待っても催淫効果があるという尻尾がやって来る気配はない。
「――チッ!?」
それどころか、上に乗るシャルムの舌打ちが聞こえたかと思うと、彼女の気配が遠ざかっていく。
「えっ?」
トレントによる拘束があるので起き上がることはできないが、セツナはおそるおそる目を開けて状況を確認する。
まず目に飛び込んできたのは自分の周囲に散らばる木製の矢。
そして、セツナと距離を取って警戒態勢になっているシャルムとソールのサキュバスたち。
彼女たちが警戒する視線の先を追ったところで、
「あっ……」
セツナは信じられないものを目にして目を大きく見開く。
「あら、よかった。まだ無事だったのね~」
そこには、弓を構えた姿勢でいるエルフのミリアムが、いつもの穏やかな笑顔を浮かべて立っていた。
「ミ、ミリアムさん!」
見知った顔の登場に、セツナは思わず目頭が熱くなるのを自覚する。
「た、助けに来てくれたんですか? ほ、他の皆は?」
「皆? 私の他には誰もいないわよ」
「えっ?」
ミリアムの言葉通り、周囲を見回してみても彼女の他に誰かがいる様子はない。
(では、どうしてミリアムさんはここに?)
偶然現れたにしては、ダンジョンの三階層という場所は適していないと思われた。
萌黄色のドレスを身に纏ったエルフの真意がわからず、セツナが混乱した頭で必死に考えを巡らせていると、
「フフフ、ねえ、セツナ君」
サキュバスたちに油断なく弓を構えたミリアムが、歌うように話しかけてくる。
「困ってるみたいだけど、助けてほしい?」
「た、助けてほしいです!」
「じゃあ、いくら出す?」
「えっ?」
思わぬ一言にセツナが効き返すと、ミリアムは弓を持つ手の親指と人差し指で丸を作って見せる。
「わかるでしょ? これよ」
「ぜ、全部出します!」
出されたハンドサインがお金を表していることに気付いたセツナは、迷うことなくすぐさま返答をする。
「僕の全財産を差し出しますから、助けて下さい!」
「フフフ、気前のいい子は好きよ」
セツナの解答に満足したのか、ミリアムは頷いて表情を引き締めると、番えていた矢を放つ。
風を切って飛んだ矢は、セツナを拘束しているトレントへと深々と突き刺さり、同時に彼を拘束している蔓が力を失っていく。
「やった。これで……」
両手足の拘束が解けたところで、セツナは立ち上がって逃げようとするが、
「うっ!?」
肋骨が折られていたことを失念していたのか、痛みに顔をしかめて力なくその場に蹲ってしまう。
「こ、ここで足手まといになるわけには……」
「大丈夫よ~」
無理をして立ち上がろうとするセツナの下へ、ミリアムが豊満な胸を揺らしながら駆け寄って来る。
「心配しなくてもあなたのことは、私がしっかりと守ってあげるから」
「で、ですが」
「フフッ、お金をもらう以上はしっかり仕事するから安心して」
ミリアムはセツナに向かってウインクをすると、彼に向かって手を掲げて高速で魔法を詠唱する。
次の瞬間、セツナの周囲に光が集まったかと思うと、ドーム状の壁となって彼を守るように包み込む。
「その中にいれば、悪魔からの攻撃は完璧に防げるから終わるまでおとなしくしていてね」
「わ、わかりました」
ミリアムの言葉に頷いたセツナは、片膝を付いて戦況を見守ることにする。
「いい子ね」
邪魔にならないようにその場で小さくなるセツナを見て、ミリアムはニッコリと笑って頷くと、そのまま視線をスライドさせて二人のサキュバスへと向ける。
「さて……と」
「ちょ、ちょっと待って!」
新たに取り出した矢を弓に番えようとするミリアムを見て、シャルムが慌てたように彼女に声をかける。
「あ、あの私たち……実は街の歓楽街で働いているの」
「そ、そうそう、普段は酒場でウエイトレスもやってるんだけど……」
「だから?」
暗に見逃して欲しいと告げるサキュバスたちに対し、ミリアムは笑顔を貼り付けたまま小首を傾げる。
「そうやって普段から酒場でいなくなってもいい相手、恨みを買っている相手を探し獲物にしているから、自分たちは悪くないとでも?」
「なっ!?」
「どうしてそれを……」
まるで見て来たかのようにすらすらと喋るミリアムに、二人のサキュバスは驚いたようん後退りする。
「フフフ、知りたい? なら教えてあげるわ」
笑顔を崩さぬまま、ミリアムは二人のサキュバスの企みについて話す。
二人のサキュバスがこれまで好き勝手やって来られたのは、ミリアムの指摘通り、襲う相手を吟味していたからだった。
普段は人間の姿となって酒場などの盛り場で働き、相手を酔わせ、適度に正気を失わせた後に消して欲しい相手の情報を引き出し、ダンジョンへと誘い出していた。
その際、どのように相手を誘い出すか、さらにその後の始末を依頼者たちにお願いすることで表に出る情報と被害を最小限にし、真相をわかり辛くしていた。
「でも、ちょっとやり過ぎちゃったみたいね」
「……どういうこと?」
「単純な話よ。皆あなたたちが思っているほど、お馬鹿じゃないってこと」
一見すると上手くいっていたサキュバスたちの作戦だが、何人も被害者が出れば流石に何者かの介入があると気付く。
「そういうわけで、秘密裏にこの件について調べるクエストが発生し、私も受注した一人というわけよ」
そう言ってミリアムは、セツナに向かって微笑んで見せた。