最高の快楽をアゲル
陽の光がないのにも拘わらず不思議と明るいダンジョンの床を、丸い影のような何かが音もなく移動する。
影の主の姿は見えないのに、まるで意思を持っているかの様に縦横無尽にフロアを移動する影は木の魔物、トレントの近くで止まる。
「ふぅ……」
影から溜息と共に手が現れたかと思うと、中からセツナに見捨てられた女性、シャルムが「よっこいせ」と掛け声を上げながら這い出てくる。
「おっ……」
影の中から完全に出てきたシャルムは、トレントに縛り付けられている人物を見て、嬉しそうに表情を歪める。
「へぇ……意外ね」
まるで感心するように目を見張るシャルムの視線の先には、額から血を流してジッと堪えているセツナ……そして彼の前では、草の蔓を束ねて作った鞭を嗜虐的な笑みを浮かべて振るうビキニアーマーの女性がいた。
「ほら! もうそろそろ音をあげてももいいんじゃないの!」
「もう、ソール、その辺にしておきなさい」
尚も鞭を振ろうとするビキニアーマーの女性の名前を呼びながら、シャルムが間に割って入る。
「後で回復して帰すにしても、あんまり痛めつけるとコトに支障が出るでしょ」
「わかってるわよ。でも、この子……意外と強情なのよ」
「説明はちゃんとしたの?」
「もちろんしたわよ!」
ソールと呼ばれたビキニアーマーの女性は、額の汗を拭いながらセツナのことを睨む。
「せっかく私が気持ちよくしてあげるって言ってるのに、頑なに首を縦に振ろうとしないのよ」
「そう……」
どうやらソールの方から歩み寄ったのに、結果として交渉は決裂したのだと察したシャルムは虚ろな目のセツナに話しかける。
「ねえ、セツナ君。ちょっといいかな?」
「うっ……あっ、お姉さん……」
自分が見捨てたはずの人間が現れたことに、セツナは驚きてで目を見開く。
「ど、どうして……まさか、お姉さんも?」
「うん、そうだよ」
シャルムは自分の赤い唇をそっと指でなぞって笑ってみせると、背中からソールと同じコウモリの翼を出してみせる。
「私もサキュバスなの。驚いた?」
「……驚きました」
何度も鞭で打たれて口の中が切れたのか、口内に溜まった血を吐き捨てながらセツナがシャルムへと問いかける。
「こんなことして何が目的なのですか? 僕を…………殺さないのですか?」
「殺す? そんなことしないわよ」
セツナの疑問を、シャルムはあっさりと否定する。
「私たちが欲しいのはね……セツナ君の精液よ」
「せ、精液!?」
「そう、精液よ」
蠱惑的に笑ったシャルムは、セツナの股間へと顔を近付けて「フッ」と息を吹きかける。
「うひっ!?」
「フフッ、その反応……やっぱりセツナ君って可愛い」
顔を真っ赤にさせて初心な反応をみせるセツナに、シャルムは嬉しそうにコロコロ笑う。
「でもね、ただ精液を摂取すればいいってわけじゃないのよ」
シャルムは表情を一転させて真面目な顔になると、どこか哀愁を漂わせるような悲し気な表情になる。
「以前、調子に乗って冒険者のパーティを殺しちゃったことがあってね」
「……知ってます」
「あら、そうなの? セツナ君ってついこの間来たばかりなのに情報通なのね」
「いえ、そんなことは……」
その話はセツナにとっては、嫌な思い出しかない。
確認したわけではないが、その時に殺された冒険者は、セツナを面接試験に落とすきっかけとなったエルフのギルドマスター、レックスのギルドメンバーのはずだ。
その事件がなければ、面接で全く同じことを言っても、セツナが落とされることもなかったかもしれない。
過ぎたことを悔やんでも仕方ないが、それでもセツナにとって、この件に触れられることはあまり気持ちのいいことではなかった。
「ですが、それと今のこの状況とどんな関係があるのですか?」
「あるのよ……実は私たちサキュバスは、人間の男性から精液を採取する時、一緒に精神力もいただくんだけどね」
「この精神力を取り過ぎると、死んじゃうのよね」
シャルムの言葉を引き継ぐように、ソールが話を続ける。
「しかも精神力も絞り尽くして死んでるから、復活の奇跡も使えなくて皆揃って灰になっちゃったのよ」
「あの件は流石に私たちもやり過ぎたと反省しているわ……だって、本当に貴重な男の子たちだったからね」
「…………」
その言葉を聞いて、セツナは背中に冷たいものが走るのを自覚する。
この二人のサキュバスは、自分の精液を欲していて、それに従えば快楽を得られるかもしれない。
だが、その先に待っているのは復活もできない確実な死というわけだ。
そんな話を聞かされて、サキュバスたちの言うことを聞くことなどできるはずがなかった。
「あっ、セツナ君、絶対に言うことを聞かないって顔してる」
セツナの変化に目敏く気付いたシャルムが、彼の頬を突きながら話す。
「大丈夫よ。実は死んじゃうのは、無理矢理に精液を搾り取った時だけだから」
「えっ?」
「そうそう、実は相手を殺さないで、おいしく精液と精神力を得られる方法があるのよ」
すると反対側からソールもやって来て、同じようにセツナの頬を突きながらある事実を告げる。
「それはね……愛よ」
「あ、愛!?」
思いもよらない単語の登場に、思わず赤面するセツナに二人のサキュバスは大きく頷く。
「実はね、互いに合意の上で濃厚に交わって精液をいただけば、死ぬ危険性はないのよ」
「そ、そうなのですか?」
「うん、それはもう……極上のサービスをしちゃうわよ」
「ご、極上の……」
一体何をされるのかは皆目見当もつかないセツナではあったが、二人の雰囲気からとんでもなくエロいことをされることは理解して、自然と鼻の下が伸びてくる。
だが、続く言葉は手放しで喜べるものではなかった。
「ただエッチの後は、ちょっと精神に支障をきたして、無気力状態になっちゃうけどね」
「まあ、そうなった人たちは、殆どが仕事を辞めてこの街を去っちゃうけど……死んじゃうよりはマシでしょ?」
「なっ、ななっ……」
まるでお得な情報を伝えるように嬉しそうに話す二人のサキュバスの言葉を聞いて、セツナは理由もなく街を去っていく男たちの話を思い出す。
ここ最近多発しているという男性冒険者による退職者の続出理由は、間違いなくこの二人のサキュバスが関係しているということだった。
「ねえ、だからセツナ君……」
「私たちと最高の快楽味わってみようよ」
淫靡な笑みを浮かべながら近寄って来る二人のサキュバスを前に、セツナはただガタガタと震えることしかできなかった。