神官服を着た可憐な少女
「こ、こいつ……」
全く歯牙にもかけずに無視するセツナに、苛立ちを露わにした巨漢は鍛え上げられた逞しい右腕を振り上げる。
「言ってわからないなら、体に直接教えてやるよ!」
巨漢は叫びながらセツナに向かって背後から殴りかかる。
背中を向けたまま歩き続けるセツナは、背後からの襲いかかりに成す術なく張り倒されると思われた。
だが、
「おりゃあっ!」
気合の雄叫びと共に振り下ろされた巨漢の拳は、セツナの後頭部を捉えることなく空を切る。
「……あれ? あがっ!?」
次の瞬間、巨漢の大きな体がくるりと反転したかと思うと、そのまま地面へと強かに打ち付けられる。
「が、がはっ!? な、何が……」
どうして攻撃を仕掛けた側の自分が地面に寝ているのか理解できない巨漢であったが、先に因縁をつけた彼のプライドが、そのまま寝ていることを良しとするはずがなかった。
「おい、待てよ!」
慌てて立ち上がった巨漢は、再び攻撃を仕掛けようとセツナに襲いかかろうとする。
するとそこへ、
「待って下さい!」
周囲の喧騒にも負けない凛とした声が響き渡ったかと思うと、何者かがセツナと巨漢の間に割って入ってくる。
「ケンカはダメです!」
「「――なっ!?」」
突然の乱入者に驚いたのは、巨漢だけでなくセツナも同じであった。
巨漢がどれだけ攻撃を仕掛けてこようとも簡単にいなす自信はあったし、何なら行動不能に追い込むことも視野に入れていた。
しかし、まさかこんな不毛な戦いを仲裁する者が現れるとは思わなかったのだ。
「クッ!?」
突如として現れた人影に、巨漢は驚愕に目を見開きながら振り下ろしている手を止めるべく、急制動をかける。
(……駄目だ)
巨漢の反応が僅かに遅く、このままでは乱入者にぶつかると察したセツナは、振り返って乱入者を助けるために動く。
「……えっ?」
バレないように、手を伸ばして一瞬だけ相手の手を引いたところで、セツナはある事実に驚いて目を見開く。
セツナの見えないアシストのお蔭もあり、急制動をかけられた巨漢の腕は乱入者の寸前で止まり、前髪を僅かに揺らす程度で済んだ。
「…………はうぅぅ」
巨漢の攻撃からセツナを庇った人物は、飛び込んで来た時とは打って変わり、情けない声を上げてその場にへたり込むと、後ろを振り返ってセツナに向かって笑いかける。
「だ、大丈夫ですか?」
「――っ!?」
振り返った人物の顔を見た瞬間、セツナはまるで雷に撃たれたかのような衝撃を受ける。
目に涙を浮かべて頼りなさそうに微笑むのは、セツナと同じ十代半ばと思われる少女だった。
綺麗に編み込まれたピンクブロンドの髪に、うるうると輝くように揺れる鳶色の大きな瞳、セツナの無事を心から喜ぶようにはにかむ笑顔には愛嬌のあるえくぼが浮かんでいた。
「あの……大丈夫ですか?」
「…………」
美人というよりは可愛らしいという言葉が似合う整った顔立ちをした美少女の登場に、セツナはまともに返事をすることもできずその場に固まっていた。
そんなセツナの異変に気付いた様子もなく、身に纏う純白の法衣から神官職だと思われる少女は、彼の体を一瞥して何処も怪我がないのを確認する。
「…………うん、どうやら大丈夫のようですね」
満足そうに大きく頷いた少女は、踵を返して今度は気まずそうに佇む巨漢へと話しかける。
「もう、何があったのか知りませんが、ケンカはダメですよ」
「えっ? あ、で、でも……」
「でも、じゃありません。もしここでケンカをしたのが上の方に知られたら、冒険者になれないかもしれないのですよ?」
「あっ……」
少女のその一言で我に返ったのか、巨漢は青い顔をして気まずそうに後頭部を掻く。
「そう……だったな。少し気が立っていたようだ。すまない、迷惑をかけた」
美少女からの叱責に、巨漢も思わず赤面しながら謝罪の言葉を口にすると、おとなしく仲間たちがいる方へと去っていく。
「もうケンカしちゃだめですからね~」
去っていく巨漢の背に一言声をかけた少女は、再びセツナへと向き直って彼の眼前に人差し指を突き付ける。
「あなたも、変に強がっちゃダメですよ?」
「あっ、は、はい……」
別に強がってはいなかったのだが、すっかり少女の美しさに骨抜き状態になっていたセツナは、壊れた操り人形のようにこっくりと大きく頷く。
素直な反応のセツナを見た少女は、大輪の花が咲いたかのような眩しい笑顔を浮かべると、
「では、私はこれで失礼しますね」
ペコリ、と可愛らしく頭を下げると、元気よく手を振りながら去っていった。
去っていく少女を見ながら、セツナも呆然とした様子で手を振り返して少女を見送る。
「…………あっ」
立ち去っていく少女の背中を見送っている最中、セツナはある失態に気付く。
「しまった。名前ぐらい聞いておくべきだった」
せっかく美少女と出会えたのに、自分の名前を伝えることは疎か、彼女の名前を聞き出すことすらしなかったことだ。
「…………でも、まあいいか」
しかし、セツナは今回の失態を左程気にしていなかった。
何故ならあの少女は、きっとこれから自分と同じ冒険者としてダンジョンに入って行くのだ。
近い将来、きっと何処かで出会うこともあるだろう。
その時に改めて自己紹介をして、あわよくばあの少女と親しくなろう。
「それにしても可愛かったな……後、とっても柔らかい手だったな」
一瞬だけ触れた少女の手の感触を思い出すように、自分の手を握ったり閉じたりを繰り返しながら、セツナは面接の結果が発表されるのを待ち続けた。