何だか怪しいお姉さん
「お、おお、女の……人!?」
音もなく現れ、いきなり声をかけられたのにも驚いたが、それが女性だと知ってセツナは目に見えて狼狽えだす。
セツナより一回り年上だと思われる女性は、索敵と探索を主とするスカウトなのか、防具は皮の胸当て一枚だけで、他に目ぼしい防具は編み上げブーツのみだった。
腰に付けたベルトにアイテムが入っていると思われるポーチがいくつか並んでいるが、他には目ぼしい武器も装備していなかった。
「フフッ、何だか震えてるけど、どうしたの?」
そう言って蠱惑的に笑う女性は、遠目に見てもハッキリとわかるくらい濃い色のルージュを引き、目元の陰影がくっきりとしている、やや化粧の濃い印象の女性だった。
「ねえ、君、そんなに怯えなくても大丈夫だよ」
明らかに様子がおかしいセツナを見て、女性が無遠慮に近付いてくる。
「う、動かないで…………下さい!」
気安く距離を詰めてこようとする女性に、セツナはナイフを油断なく構えながら鋭く警告を発する。
「あ、あなたは一体……誰ですか? どうしてここに?」
「どうしてここにって、そんなの決まってるでしょ」
女性は敵意がないことを示すように両手を上げると、ここにいる目的をセツナに話す。
「こう見えて私も冒険者の端くれよ。ダンジョンに潜る理由なんてそう多くないわ」
「で、では、どうして一人なんですか?」
「仕方ないでしょ。だって仲間がいなくなっちゃったんだもん」
女性は肩を竦めると、セツナの足元にある棺を指差す。
「あっ……」
そこでセツナは、女性の言いたいことを理解する。
「もしかして……この棺の死体が?」
「そう、それが私の仲間よ。それで教会の犬に依頼を出したのに、犬が一匹いなくなったから回収はできないって言われるじゃない」
女性は大袈裟に嘆息した後、セツナに向かってニッコリと笑う。
「でも、結局別の犬が来てくれたみたいね。ありがとう。助かっちゃった」
「そう……ですか」
女性がここまで来た理由を聞いて、セツナはホッと胸を撫で下ろす。
「あ~、ところで」
一安心しているセツナに、手を上げたままの女性が話しかけてくる。
「私はいつまで手を上げたままでいればいいのかな?」
「あっ、すみません」
そう言われてセツナは、自分が未だに武器を構えたままだったことに気付き、ナイフを腰のポーチへと収める。
「そ、その……失礼しました」
「いいよいいよ。こっちもまさか既に犬さんが来ているとは思わなかったしね」
手を下ろした女性は肩をグルグル回してほぐすと、自分の胸に手を当ててにこやかに笑う。
「そういやまだ名乗ってなかったね。私はシャルム、すっかり出遅れちゃったけど、そこの奴等を助けに来たんだ」
「あっ、その……僕はセツナといいます」
笑顔で自己紹介する女性、シャルムに続いてセツナもペコリと頭を下げて挨拶を返す。
「そう、セツナ君……初めて聞く名前ね。ひょっとしてまだ犬になって日が浅かったりする?」
「あっ、はい……そのダンジョンに潜るのは、今日で三回目です」
「三回目!?」
セツナの返答に、シャルムは目を大きく見開いて驚く。
「たった三回、犬の仕事をしただけで、もう三階層に来てるの?」
「他に代わりがいなかったそうなので」
「だからって……」
この階層に来ている以上、冒険者としてそれなりの練度があるであろうシャルムは、セツナのことを呆れた目で見る。
「君……仕事はちゃんと選んだ方がいいよ」
「はぁ……次からそうします」
「わかってるのかね」
セツナの気のない返事を聞いたシャルムは、呆れたように嘆息して肩を竦める。
「まあいいや」
だが、すぐに気を取り直したように顔を上げると、セツナにある提案をする。
「じゃあさ、せっかくだから私と一緒に出口を目指さない?」
「えっ?」
「えっ? じゃなくて、私の目的もセツナ君と一緒だし、後は帰るだけだから一緒してもいいでしょ」
「…………」
「あっ、今、もの凄く嫌そうな顔をした」
セツナの表情の変化に目敏く気付いたのか、シャルムは眦を上げて睨む。
「もう、女の子相手にそういう態度取るのはよくないよ」
「そ、そういうわけでは……」
口では否定してみせるセツナであったが、内心ではシャルムの言う通り、彼女が一緒に行動するのは迷惑だと思っていた。
その理由は、やはり魔物に襲われないお守りを装備しているのがセツナだけなので、シャルムが一緒にいるだけで、魔物とエンカウントする可能性が跳ね上がるからであった。
(お守りのことはこの人も知っているはずなのに……)
教会の犬は基本的に単独行動をさせた方がいいはずなのに、どうしてセツナと一緒に行動したいなどというのだろうか?
そんなことを考えていると、シャルムは憤慨したように腕を組んでセツナを睨む。
「あのね、わかってないようだから言うけど、私、仲間を助けるために一人で来たの……それも、何度も死ぬような思いをしてね」
「はぁ……」
「だから、君ってば犬のお守りを持ってるんでしょ? だから……」
「い、嫌ですよ」
何となくシャルムの言いたいことを察したセツナは、自分の胸元を隠すようにして彼女と距離を取る。
「これは僕のお守りです。だから、誰かに貸すなんてこと……」
「心配しなくても、流石にそんな無茶なことは言わないわよ」
流石のその辺の分はわきまえているのか、シャルムは思わず苦笑すると、セツナの横へと移動する。
まだお守りを盗られるかもしれないと思うセツナは、警戒しながらシャルムへと尋ねる。
「な、なんですか?」
「フフフ、いいこと教えてあげる」
そう言って薄く笑ったシャルムは、手を伸ばしてセツナの腕を取って自分の腕と絡める。
「んなっ!?」
「ほ~ら、逃げないの」
肘に当たる柔らかい感触に思わず身を引くセツナに、シャルムは彼の手を強く引いてさらに密着する。
「こうしてくっついていると、お守りの効果があたしにも広がるのよ」
「そ、そうなのですか?」
「そうなの、これなら文句ないでしょ。ほら、地上目指して行きましょ」
もう一緒に行くことは決定事項なのか、シャルムはセツナに棺を持つように指示すると、彼を引きずるようにして歩きはじめた。