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未知の階層へ

「さて……」


 一息ついて引っ張ってきた棺を下ろしたセツナは、周囲の状況を見ながら地図を取り出す。


「一階層はレンガ、二階層は石ときて、三階層は……植物?」


 そう言いながらセツナが手を伸ばす先には、植物の蔓によって形成された壁があった。


 他にも目に見える光景は、これまでの階層とはかなり趣が違っていた。


 天井は一、二階層と比べて倍以上は高く、どういう仕組みなのか陽光のような光が燦々と降り注ぎ、ここが地下であることを忘れてしまうくらい明るかった。


「…………」


 前にカタリナから壁を見れば階層がわかると言われたが、セツナは試しに壁が本当に蔓だけなのかどうか確かめるために手を伸ばしてみる。

 蔓でできた壁だと言っても実際は表面だけで、中から土か岩か何かが姿を見せるだろうと思っていたが、


「…………あれ?」


 何処まで掻き分けても、壁の中は蔓、蔓、蔓ばかりで、土などの植物が生える土台は見えなかった。


「ま、まさか……」


 肘が埋まるまで壁を掻き分けたところで、何だか怖くなったセツナは手を止めて壁から距離を取る。


「ほ、本当にここの壁は、蔓だけでできているのかもしれない」


 こうなると徹底的に調べてみたいという欲求も出てくるが、そんなことをしている場合ではないと、セツナはリードからもらった地図を取り出して広げる。


「幸いにも死体がある場所はここからそう遠くないけど……」


 今回の依頼主は中堅の冒険者パーティで、四階層の探索を終えて帰る途中に魔物に不意打ちされ、全滅しかけたのだという。


 死んだのは二人だということだが、セツナが持って来た棺は一つしかない。

 それはつまり、一つの棺に二人分の遺体を詰めるということだ。


「これは、ますますダンジョン内では簡単に死ねないな」


 何処の誰とも知れない男と一緒の棺に入るのも嫌だし、生き返った時に隣に男がいると考えるだけで鳥肌が立つ。

 かといって女性ならいいかと言われると、それはそれでまた別の問題が発生するので、どちらにしてもダンジョン内で死ぬことは御免だと思った。


「……行こう」


 まだ色々と思うところはあったが、このままここにいても何も解決することはないと察したセツナは、勇気を出してダンジョンの三階層へと足を踏み入れる。



 エンカウントしないように注意しながら三階層へと挑むセツナだったが、そこはこれまでの階層とは何もかも違っていた。


 一階層と二階層は、魔法の照明によってある程度の視界は確保されているものの、暗い廊下にジメジメとして陰気な雰囲気、そして真っ暗闇の玄室に恐怖を煽る様なおぞましい魔物たちといったセツナが想像していた通りのダンジョンであった。


 だが、この階層は明るく、天井も高いだけでなく、通路もこれまでより広々としており、気のせいか空気も澄んでいるように思える。

 さらに、


「水の……音?」


 何処からか川のせせらぎが聞こえたような気がしたと、セツナは音がした方へと歩を進める。


 そうして十字路まで進んだところで、通路の真ん中に道に沿うように走る小川があった。


 この小川が何処から来て、そして何処に行くのかは全くわからないが、この階層が緑豊かな空間になっているのは、豊富な水と降り注ぐ陽の光があってこそだと思われた。


 一見すると、これまでの不穏な空間から一転した長閑な雰囲気に心が癒されそうであったが、


「これは……マズいかも」


 セツナの考えは逆だった。


「こんなに明るいと、隠れるのは容易じゃなさそうだ」


 普段から三白眼で夜目が利くように鍛錬していたり、毒を使っての攻撃を繰り出したり、一流の冒険者たちも舌を巻く逃げ足といった正攻法でない戦いこそが、セツナにとって最も得意な戦法で合った。


 故に戦場はできるだけ暗く、精神的に追い詰められそうな雰囲気の方が本領を発揮できるセツナであったが、泣きごとを言ったとことで状況が好転するわけではない。


「とにかく急いで回収に向かおう」


 セツナは胸の中にお守りがあることをしかと確認すると、死体があると思われる方向へ向けて歩き出す。



 三階層の魔物は、通路の明るさも影響しているのか、ここまでよく見たゴブリンやコボルトといった下級の魔物の他には牛や羊、そして植物の魔物といった自然界にいるタイプの魔物が数多く生息していた。


「ふぅ……いったか」


 腰ほどの高さの草陰に隠れていたセツナは、今しがた通り過ぎた黒い羊、イビルシープの群れを見送ってから死体へと近付く。


「うっ……」


 死体が見える位置まで辿り着いたセツナは、周囲に漂う腐臭に思わず顔をしかめて鼻を摘む。


「…………これは、酷いな」


 ようやく見つけた死体は、この階層の魔物によって喰い荒らされたのか、残っているのは骨と肉片らしきもの、そして魔物たちの排泄物だった。


 魔物に襲われるということがどういう目に遭うのかをある程度は理解しているセツナであったが、それでもこの死体の有様は酷いものだった。


「本当にこの状態からでも復活できるのだろうか?」


 頭蓋骨が二個落ちていることから辛うじて二人分の死体があることはわかるが、他の残骸はどれがどちらの部位だったのかは想像もつかない。


 これ等を一つの棺に回収してレオーネによる魔法で復活した結果、二人が棺の中で合体してしまったりしないのだろうか。


 そんなことを思わず想像してしまったセツナは、


「……とりあえず拾うか」


 頭に思い浮かんだ妄想を振り払うようにかぶりを振ると、口と鼻を布で覆って死体の回収をはじめた。



 魔物に遭遇するかもしれないと、ヒヤヒヤしながら死体を回収するセツナであったが、幸運にも途中で魔物がやって来ることはなかった。


「ふぅ、どうにか」


 最後に冒険者が使っていたであろう折れた剣を棺の中に入れて蓋を閉めたセツナは、大きく息を吐く。

「うぇ……とりあえず手を洗おう」


 幸いにも水には困らないことに感謝しながら、セツナは体についた血と汚れを落としていく。



 すると、


「……ねえ」

「――っ!?」


 誰かに声をかけられ、セツナは弾けたようにその場から飛び退いて身構える。


(……全く、気配を感じなかった)


 気を抜いたつもりはないが、それでも声をかけられる距離まで気付かなかったことに戦慄を覚えながら、セツナは声のした方へと顔を向ける。


「ハハハ、君、面白いね」


 そこにはセツナと同じような軽装の女性が、驚くセツナを見てケラケラと笑っていた。

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