僕が師匠!?
――早朝、まだ朝靄が立ち込める教会の台所で、二つの影が住人たちの朝食作りに勤しんでいた。
「む……むむっ……」
真剣な表情で手にした芋に包丁を滑らせるのは、かつて持ち前の怪力で芋を潰してしまったアウラだった。
初日こそ大きな失敗をしてセツナに呆れられてしまったが、その後もめげずに早起きしては、毎朝彼に懇願して料理を教わっていた。
数日修練を重ねただけのアウラの手つきはまだ危なっかしいものであったが、真剣な表情で包丁を握り、左手でゆっくりと芋を回しながら確実に皮を剥いていく。
「……できた!」
途中で何度か休みながらも、一つの芋の皮を綺麗に剥いてみせたアウラは、嬉しそうにセツナに向かって芋を差し出す。
「ほら、セツナ君、綺麗に剥けたよ!」
「あっ、は、はい……うん、大丈夫です」
差し出された芋を見てしっかりと皮が剥けているのを確認したセツナは、自身が剥いた山と積まれた芋と合わせて立ち上がる。
「それでは次は、これとその他の材料を切っていきましょうか」
「うん、猫の手、だね?」
「そ、そうです」
可愛らしく指を曲げて猫の手を真似てみせるアウラを見て、セツナは赤くなった顔を背けながら話す。
「その……切り方は覚えてますか?」
「大丈夫、最初は半分に、その後は薄く切っていくんだよね?」
「はい、お願いします」
やることを確認したセツナとアウラは肩を並べ、野菜を次々と切っていく。
アウラは一つ一つの作業を確認するようにゆっくりと、セツナは慣れた手つきで次々と材料を切っていく。
「そういえば、昨日、クエストを受注している時に耳に挟んだんだけど……」
皮むきとは違って切る作業には多少の余裕があるのか、手を止めることなくアウラが口を開く。
「ここ最近、冒険者を辞めて故郷に帰る人が増えているみたいだね」
「……そうなんですか?」
街の情報にとんと疎いセツナは、作業の手を止めることなく思ったことを口にする。
「やっぱり死ぬのは怖いですからね」
「そう……なんだけどね」
「……何か気になることでもあるのですか?」
何だか煮え切らない様子のアウラにセツナが探るように尋ねると、彼女はベーコンを手に取りながら話す。
「その辞めていった人たち、理由を聞いても応えてくれないんだって」
「理由を?」
「うん、ギルドマスターから問い詰められても、もう無理だとか、怖くなったとか当たり障りのない理由を言うだけで、誰も本当の理由を語ろうとしないんだって」
「…………」
その当たり障りのない理由が真の理由なのでは? と思うセツナだったが、おそらくアウラはそうではないと考えているのだろう。
「だってさ……」
セツナが辛抱強く次の言葉を待っていると、アウラが絞り出すように話を続ける。
「辞めていった人たち、何度も怖い目に遭いながらも諦めることなく戦い続けていたんだよ。そんな人たちがある日突然、たいした理由もなくいなくなるなんて変だと思わない?」
「それは、まあ……」
どうやら辞めた冒険者というのは、新人の冒険者ばかりではないようだ。
昨日今日入ったばかりの冒険者ならともかく、熟練の冒険者がそう簡単に夢を諦めるとは思えない。
だとしても夢を諦める理由は人ぞれぞれで、今回はたまたまそれが重なっただけということもある。
「まあ、そんな時期もありますよ」
いつも通り達観した感想を抱いているセツナに、
「……君は」
思いつめた様子のアウラが真剣な表情で問いかけてくる。
「セツナ君は、いきなり帰ったりしないよね?」
「えっ?」
「実は帰った人たちって男の人ばかりらしいの。だからセツナ君もって思ったら……」
アウラは包丁を握ったままなので、流石にセツナの手を取るような真似はしないが、それでも彼に一歩詰め寄って真剣な表情で問い詰める。
「セツナ君は大丈夫……だよね?」
「は、はい……」
まるで今にも泣き出しそうになっているアウラに、セツナは安心させるようにしかと頷く。
「僕は帰りませんよ。そもそも、帰る当てもありませんから」
「そう……なの?」
「はい、最低でもお嫁さんを見つめるまでは、故郷には帰っちゃダメだって言われてますから」
「そうなんだ。それじゃあ、当面は大丈夫かな?」
「えっ?」
「う、ううん、なんでもない」
サラリと酷いことを言われたような気もするが、作業に戻ったアウラの邪魔をするのも悪いと思い、セツナも彼女に倣って調理に戻る。
そうしてあっという間に材料を切り終えたセツナは、それ等を鍋に入れて水と一緒に火にかけていく。
「これで残るは……」
「味付けだよね」
既に準備万端なのか、両手に調味料の瓶を手にしたアウラがニッコリと笑う。
「普段からこれができたら、ダンジョン内でもおいしいご飯を食べられるようになるものね。だから師匠、味付けの指導をお願いしますね」
「し、師匠!? 僕が?」
驚きで目を見開くセツナに、アウラはニッコリと笑って頷く。
「そうだよ、私からすればセツナ君は十分料理の師匠だよ。だからこれからもよろしくね、師匠」
「わ、わかりました」
アウラから向けられる笑顔に心が跳ね上がるのを自覚しながら、セツナは彼女に特製ポトフの味付けを指南していった。




