いつか大切な人と一緒に……
「はぁ、今日は楽しかった」
本日の仕事を全て終えた後、寝床にしている厩の藁の上に身を投げたセツナは、大きく息を吐いて今日のことを思い返す。
あの後、ファーブニルのオススメだというカフェに移動したセツナは、ユグドラシル名物の五段重ねのパンケーキとお茶をご馳走になった。
一枚一枚がとても肉厚なユグドラシル名物のパンケーキは、ジャッシー牛という普通の牛より濃いミルクを使ったバターと、楓の木から取れる樹液を使ったシロップがたっぷりとかけられた甘い物好きには堪らない贅沢な一品だった。
「できるなら、あのパンケーキを僕も作ってみたいけど……」
セツナはまだ脳裏に残っているパンケーキの味を思い返してみる。
パンケーキの味を一言で表現するなら、濃さと甘さの暴力の塊で、普段から活発に動く冒険者でなければ許されないであろうハイカロリーな食べ物であった。
普段から体を動かしているセツナたちにとっては、ハイカロリーなおやつはただのご褒美でしかなく、三人は揃って五段重ねのパンケーキをペロリと平らげたのであった。
「……多分、ケーキの再現はそんなに難しくない。だけど、あのバターは……」
楓の木から取れる樹液があんなにもおいしいとは思いもよらなかったが、自然界で取れるものであるならいくらでも探しようはあるだろう。
それよりも問題はバターの方で、ジャッシー牛というのが果たしてどんな牛であるのか、バターの作り方を全く知らないセツナにとって、ユグドラシル名物のパンケーキの再現は困難を極めそうだった。
「ファーブニルさんに聞いたらあのバターを売ってる店、教えてもらえるかな?」
呟きながらファーブニルの顔を思い出したセツナは、思わず頬を赤く染める。
セツナにとって、ファーブニルという少女との出会いはとても刺激的であった。
ファーブニルは皆から勇者と呼ばれる特別な少女である。
勇者とは、魔物の中に稀に現れる特別な魔物、俗に魔王と称されるタイプの魔物を討伐すると得られる称号である。
つまり、ファーブニルはセツナとそれほど変わらない年齢であるにも拘らず、大の大人が束になっても敵わない魔物を討伐した実績があるということだ。
魔王討伐の功績を何人で果たしたのかはわからないが、間違いなくファーブニルはとんでもない実力者であるといえた。
そんな勇者ファーブニルは、どういうわけかセツナをとても気に入り、仲間に加えたいと言ってくれた。
「しかも、仲間になるなら……お、おお、おっぱいを揉ませてくれるって……」
セツナの見立てでは、ファーブニルの胸囲は間違いなくアイギスよりも立派だった。
流石にミリアムほどの大きさはないが、それでも初めて触るおっぱいがファーブニルの胸であるならそれはとても光栄なことだと思った。
「でも……」
子供の頃からの念願が叶うとわかっても、セツナはファーブニルからの提案を受け入れることはなかった。
その最大の理由は、やはり自分を拾ってくれたレオーネへの恩を存分に返せていないことが大きい。
冒険者の面接試験に不合格になった時、レオーネに拾ってもらわなければどうなっていたかなんて考えるまでもない。
金が尽きるのに怯えながら街をあてもなく彷徨い続けているか、はたまたどうにかしてダンジョンに挑み、既に物言わぬ死体へとなっているか。
どちらに転んでもお先真っ暗だったセツナを救ってくれたのは、間違いなくレオーネだった。
「レオーネさんに仕えることになったのは……教会の犬になったのはとても幸運だったかも」
大手の冒険者ギルドの雰囲気を味わったからこそ、セツナは教会の犬という立場が自分によく合うと思った。
どちらかというと人付き合いが苦手で、集団で行動するのが得意ではないセツナにとって、仲間と共にダンジョン攻略に挑む姿を想像するのはとても難しかった。
ファーブニルからの誘いを受けなかったのも、集団行動を取りたくないという想いがあったからかもしれない。
自分の責任は、すべて自分で背負う。
その考えは生きる上でとても難しいことではあったが、そういった生き方の方が自分の性に合っているとセツナは思っていた。
「だからレオーネさんに見捨てられないように、これからも頑張ろう」
そして、あわよくば誰か特定の子と仲良くなって、恋仲になって一緒に故郷に帰ろう。
相手が最初に気になったアウラなのか、少しだけ仲良くなれたアイギスなのか、はたまた刺激的な出会いとなったファーブニルなのか、それ以外の誰かなのか……、
これまで出会った色んな女性のことを考えながら、セツナはゆっくりとまどろみの底に沈んでいった。
※
セツナが厩の中で一人眠りに着いた頃、オフィールの街にある一軒の酒場では、一人の男が荒れに荒れていた。
「クソッ! あの忌々しいガキが!」
ドン! と空になったジョッキを乱暴にテーブルに叩きつけるのは、セツナに下剤を盛られた赤ら顔の男、猟友会のナンバーファイブ、炎のライオネスだった。
どうにか皆が見ている前で汚物をまき散らすという最悪の事態は避けられたが、トイレから出てきた後の仲間たちの顔を忘れることはできなかった。
「この俺様に恥をかかせやがって! この恨みをどうやって晴らしてやろうか」
「も~う、ライオネス様ったらせっかくのイケメンが台無し~」
怒り心頭といった様子のライオネスに、同じように赤ら顔をした化粧の濃い女性が彼の体にもたれかかり、甘い声で囁く。
「ねえ、だったらその悪い子に、おしおきしてあげればいいじゃない」
「ああん、おしおきだ!? 冒険者ですらない教会の犬に手を出したら、俺がジンさんに殺されちまうよ」
「ウフフ……だったら、あなたが直接手を出さなければいいじゃない」
「……どういう意味だ?」
女性の言葉に何かを察したライオネスは、彼女の顎を引き寄せて至近距離で問い詰める。
「お前、何か良い案でもあるのか?」
「ええ、とっても……実はね」
そう前置きして黒い笑みを浮かべた女性は、ライオネスに何事かを耳打ちしていった。