とっておきのダイフクはいかが?
「なっ……うぐっ!?」
セツナの話を聞いたライオネスは、驚きに目を見開いたかと思うと、苦悶の表情を浮かべてその場に膝を付く。
「うっ、うぐぅぅぅ……き、貴様…………」
「どうしました? 随分と苦しそうですが、トイレに行かなくていいんですか?」
「おぐううぅぅお……お前……こんなことしてタダで……おぐうぅぅぅ!!」
手土産に毒を仕込むという暴挙にライオネスが抗議の声を上げようとするが、早くも下剤が回って来たのか、青い顔のまま内股になると、ズルズルと体を引き摺るようにして歩き出す。
今はセツナに抗議するより、トイレに行こうと判断したようだ。
だが、
「どちらに行くつもりですか?」
ライオネスの進路を立ち塞がるように、笑顔のセツナが立ちはだかる。
「まさかこのまま立ち去るつもりじゃないですよね?」
「…………な、何が目的だ?」
「決まってます。アイギスさんに謝罪して下さい」
真剣な表情になったセツナは、尚も逃げようとするライオネスの胸ぐらを掴んで脅すような低い声で話す。
「アイギスさんの家庭の事情は知りません。ですが、彼女は軽々しく馬鹿にされていい人じゃない」
「セ、セツナ?」
背後からアイギスの驚いたような声が聞こえるが、セツナは無視して話を続ける。
「没落貴族だから何だというのですか。家の再興のために頑張ることの何がダメだというのですか? そもそもあなたは、アイギスさんの実力を知っているのですか?」
「し、知るわけ…………ねぇだろ」
「そうですか……相手の実力も知らないのに、よく好き勝手に馬鹿にできますね」
セツナは興味を失ったかのようにライオネスを突き飛ばすと、ここにいる全員に向かって大声で話しかける。
「あなたたちも、安全な場所から石を投げるような真似して恥ずかしくないのですか? そんな考えで生き延びられるほど、ダンジョンという場所は甘い場所なのですか?」
「…………」
セツナの言及に、ライオネスに併せて口々にアイギスを罵っていた冒険者たちは、一様に気まずそうに視線を逸らす。
自分たちがいかに恥ずかしいことをしていたのかを、ようやく思い知ったようだ。
「…………フン」
しんと静まり返るホールを見て、セツナはこれで少しは連中もおとなしくなるだろうと思った。
だが、
「そこのお前、いい加減にしろよ!」
誰もが口を紡ぐ中、一人の冒険者が声を上げる。
「冒険者にもなれない落ちこぼれの癖に、何を偉そうに講釈垂れているんだよ!」
それはセツナがオフィールの街にやって来た日に、何を見ているんだと絡んで来た巨漢だった。
巨漢は威嚇するように大股でセツナに歩み寄ると、問答無用で拳を振り上げる。
「オラアァ! 死に晒せ!」
「……また、あなたですか」
見え見えの大振りの攻撃を仕掛けてくる巨漢に、薄く笑ったセツナは半身をずらすだけで回避してみせ、ついでに足を差し出して彼の足を掬ってみせる。
「おわっ!?」
足払いをされた巨漢は、クルリと回って地面に強かに背中を打ち付ける。
「がはっ! あ、あがぁ……」
まともに受け身すら取れなかった巨漢は衝撃で息を吐き出し、口をパクパクさせて苦しそうに喘ぐ。
「……全く、あなたでは僕には勝てないとどうしてわからないのですか」
一度ならず二度までも全く同じ手で倒される巨漢に、セツナは呆れたように肩を竦めると、木箱からダイフクを一個取り出す。
「これは、お仕置きです」
飲み込みやすいようにダイフクを小さく千切って楕円形にしたセツナは、巨漢の口の中に小さな塊を投げ込む。
「――っ、んがんぐっ!」
咀嚼する間もなく無理矢理ダイフクを押し込まれた巨漢は、慌てて嚥下したものを吐き出そうとするが、
「うぐっ!」
それより早く下剤が作用したのか、顔面蒼白にさせながら自分の尻を両手で押さえる。
「さあ、これでわかったでしょう」
青い顔をして腹と尻を押さえる巨漢に、セツナは静かな声で話しかける。
「僕に何か言うことはありませんか?」
「ご、ごめんなざい……だから……だから……」
「ええ、トイレに行っていいですよ」
「――ヒッ、ヒイイイイィィ!?」
セツナが退くと同時に、巨漢は悲鳴を上げながらトイレに向かって全力で駆けていく。
「……ふむ、なるほど……二人目だとこの程度ですか」
慌てて立ち去っていく巨漢の背中を見送ったセツナは、首を巡らせて周囲の状況を確認する。
「これは……ちょっとやり過ぎましたかね」
セツナからの糾弾に、最初は反省したようにみえた冒険者たちだったが、巨漢への仕打ちが余計だったのか、今は誰かが号令をかければそのまま襲いかかって来そうな剣呑な雰囲気になっていた。
「さて……」
このままおとなしく帰らせてくれそうにないと悟ったセツナは、この状況をどうやって切り抜けようかと考える。
(適当に何人か倒してしまうか。それとも……)
セツナはズリズリとトイレに向かって移動するライオネスの背中を見ながら、彼を人質にしてこの場を切り抜けようかと考える。
(それだと最悪の場合……僕も汚れるしな)
汚物まみれになることは避けたいと考えたセツナは、穏便に済ませる方法も模索しながら何が最善手かを考え続ける。
すると、
「おいおい、これは一体何が起きているんだ?」
「お、お客様……なんてことを」
沈黙を破るような新たな声が聞こえ、セツナは声がした方へと顔を向ける。
そこには狼狽する最初にセツナに対応してくれた老紳士と、何故か上半身が裸の筋骨隆々の大男がこちらを睨むように立っていた。