表した本性
「…………えっ?」
憧れの人から漏れ出た言葉に、アイギスは青い顔をしてライオネスを見やる。
「あ、あのライオネス様、今なんて……」
「ああん? 聞こえなかったのかよ。没落貴族如きが調子に乗っているんじゃねぇよ、って言ったんだよ!」
もう本性を隠す気はないのか、表情を怒りで歪めたライオネスは、ホール中に響き渡るような大きな声で喚く。
「逃げた新人の後始末をさせられた腹いせに、田舎者丸出しのクソダサい奴から女を奪って遊んでやろうとしたのによ。俺様の誘いを断るとはどういう了見だよ!」
「あ、遊び……」
「ああん? 何言ってんだ。お前なんかに本気になるわけないだろ!」
呆然とするアイギスに、ライオネスは呆れたように鼻で笑い飛ばす。
「何でこの俺様が、お前みたいな没落貴族相手に本気にならなきゃいけないんだよ」
「わ、私の家のことを……」
「知らないとでも思ってたのか? 鮮血の戦乙女のアイギスといえば、家の借金を返すためにダンジョンへやって来たってな。俺様だけじゃねぇよ。皆知ってるよ……なあ、皆!?」
「そうそう、親が騙されて作った借金だろ? 確か、金貨二万枚とか?」
「五万枚じゃなかったか? それと、ダンジョンを攻略できる男に取り入ろうとしているとか?」
「そうそう、自分じゃ攻略できないから男に頼ろうとかいう腹だろ? そんな女、誰が付き合いたいと思うかってんだ」
「身の程を知れって感じだよな?」
「きっと実力もたいしたことにないに違いないぜ」
ライオネスの言葉に、ホールにいたギルドメンバーたちが口々にアイギスのあることないことをうそぶくと、一斉に声を上げて笑う。
「わ、私は……」
周囲からの嘲笑に、顔を伏せたアイギスは拳を握りしめてジッと耐える。
「あれれ? もしかしてアイギスちゃん怒っちゃった? ねえ、怒っちゃった?」
必死に堪えるアイギスの様子を見たライオネスは、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる。
「でも、まさかここで暴れるとかしないよね? そんなことしたら、君みたいな弱小ギルド、どうなるかわかったもんじゃないもんね」
「クッ……」
ライオネスの馬鹿にしたような言葉に、アイギスは歯を食いしばって耐えるしかなかった。
他所のギルドのホームで問題を起こすことは他でもない、鮮血の戦乙女のギルドメンバーへの迷惑に繋がることを理解しているからであった。
アイギス同様にそのことを十分に理解しているライオネスは、
「なあなあ、聞いてくれよ皆、ここにいる女はついこの間もさ……」
さらに調子に乗ってアイギスの過去に起きた話をしようとする。
すると、
「あ、あの、すみません……」
ライオネスの話を遮るように、セツナが小さく手を上げて彼の前に立ち塞がる。
「話の腰の骨を折って申し訳ないのですが、僕たち、もう帰っていいですか?」
「セツナ!」
「ああ、いえ、勿論仕事はしていきます」
アイギスの咎めるような声に、セツナはのそのそと持って来た道具を取り出し、深々と頭を下げてライオネスへと差し出す。
「これがレオーネさんから頼まれた依頼の品です。どうかお収め下さい」
「…………おいおい、この流れで俺様がこれを受け取ると思ってるのか?」
まだ自分の誘いを断ったアイギスを許すつもりはないのか、ライオネスは呆れたように肩を竦める。
「そもそも田舎者、お前はこの状況にどうやって落とし前をつけるつもりだ?」
「どうやってって、そんなこと言われても困ります。ただ……」
セツナはいそいそとレオーネから借りた木箱を取り出すと、蓋を開けてライオネスへと差し出す。
「どうかこの場は、これで手打ちにしていただけないでしょうか?」
「ああん、何だこれ?」
「僕の故郷のお菓子でダイフクと言います。今日、失礼のないようにと持参した手土産です」
「手土産だぁ? しかもお菓子とか……」
差し出された白くて丸い食べ物を、ライオネスはちらちらと何度も見る。
「…………おい」
「はい、何でしょう?」
「それ……甘いのか?」
「はい、甘いです。しかも、食感も特徴的なんです」
セツナは木箱をテーブルに置くと、ダイフクを一つ取って軽く潰してみせる。
「この通り、モチモチの食感でとてもおいしいです」
「ふ、ふ~ん、そこまで言うのなら、一つ試してやってもいいぞ」
「はい、どうぞご賞味ください」
どうやらダイフクに興味を持った様子のライオネスに、セツナは手にした白い玉を恭しく差し出す。
「おいしいですが、一度に口に沢山入れるのはお控えください。下手すると、喉に詰まらせる可能性がありますので」
「フン、俺様をそこら辺の惰弱と一緒にするな」
ライオネスはセツナから奪い取るようにしてダイフクを手にすると、忠告通り小さく口を開けて少しだけ頬張る。
しっかりと咀嚼して、大きく顔を前後させてダイフクを嚥下したライオネスは、
「…………ほぅ」
感嘆したような声を上げると、二口、三口とダイフクを食べて行く。
そしてあっという間にダイフクを食べたライオネスは、指に付いた片栗粉をペロリと舐めると、恭しく頭を下げているセツナに向かって話す。
「ふ~ん、悪くないじゃん」
「そうですか。喜んでいただけたようで何よりです」
「まあ……な、ところでこの中に入っている甘いもの正体は何だ?」
「はい、中に入っているのはあんこという小豆を手間暇かけて煮たものです。そして、そのダイフクにはもう一つ、とっておきの甘さの秘密があります」
「とっておきの秘密?」
「はい、それは……」
セツナはゆっくりと顔を上げると、ニヤリと唇の端を吊り上げながら甘さの秘密を話す。
「それは、超強力な即効性の下剤が入っているからです」