興味のない男に因縁をつけられました。
「あ~、びっくりした」
二人の女性から一目散に逃げ出したセツナは、後ろから彼女たちが追って来ていないことを確認すると、安堵の溜息を吐く。
「二人共、凄く綺麗な人だったな。それに、エルフのお姉さんのおっぱい……凄かった」
一瞬見ただけではあったが、ミリアムの豊かな胸の揺れを思い出したセツナの顔がだらしなく緩む。
「わっ、何んだよ。あいつの顔……」
「ヤバイよ。何か変な薬でもやっているんじゃないの?」
「…………」
近くから不審者を見るような声が聞こえ、セツナは我を失っていたことに気付いて表情を引き締めて周りの様子を見る。
気が付けば、周囲にいる人の数が先程より増えていた。
「あっ……」
セツナは目の前にそびえ立つ建物を見て、自分が何処にいるのかを理解する。
かつては闘士たちが互いの命を賭けて戦ったとされる石造りの円形の闘技場、オフィールの街においては全ての冒険者ギルドを統括している総本山にして、ダンジョンへの入口を管理しているコロッセオだった。
コロッセオの入口では、週に一度行われる面接に参加して新たに冒険者になろうという血気盛んな者が多数集まり、ギルド職員と思われる人たちが新人たちの対応に追われていた。
これから新人たちは各ギルドマスターの前で自己PRを行い、ギルドからスカウトを受けて所属先を決めることになっている。
「なあ、お前、ギルド入るならどこがいい?」
「俺は大熊殺しのジンさんがギルドマスターやってる『猟友会』とかいいな?」
「お前脳筋だなぁ……俺は断然、『神秘の探究者』だな。ギルドマスターのエルフの人がカッコイイんだ」
「私は『明けの明星』がいいかな。だってあそこはね……」
事前に下調べをしているのか、集まった新人たちは自分がどのギルドに所属したいか、そのギルドがいかに素晴らしいかを披露していく。
一方、田舎の出身でギルドの情報は疎か、冒険者の噂すら聞いたことがないセツナは、少年少女たちとは違い、これといった希望なんてものはなかった。
だが、敢えて希望を挙げるとすれば、
(可愛くて、おっぱいの大きい女の子がいるギルドがいいな)
そんな邪な考えを抱きながら、セツナは面接を受けるためにギルド職員の下へ向かって行った。
「はぁ……暇だな」
もう何度目になるかわからない溜息を吐きながら、セツナは視界の中に映る人たち……主に女性を中心に眺めていた。
ギルドマスターたちとの面接を終えたセツナは、面接会場近くの床に座って結果を待っていた。
この後は、いずれかのギルドマスターからの誘いを受けて所属するギルドを決める算段となっているのだが、如何せん面接希望者の数が多く、結果が出るまでそれなりに時間がかかるとのことだった。
友人、知人と来た者たちは今後の予定を話し合ったり、空いた時間を利用して街の見学に行ったり、食事に行ったり、同じ新人同士で新しい人脈を築いていたりと、忙しそうに動いていた。
一方、生来の引っ込み思案な性格と、田舎から一人で出てきて友人など一人もいないセツナは、面接の結果が出るまで通り過ぎる女の子たちを眺めて過ごそうと思っていた。
「本当はご飯でも食べたいけど……」
腰のポーチに吊るした財布を覗いてみると、黒ずんだ銅貨が数枚残っているだけで、この先のことを考えると迂闊に浪費するわけにはいかない。
ギルドに所属できれば、少なくとも住むところと食べることには困ることはないそうなので、何処でもいいから声をかけられたギルドに入ろうと思っていた。
その後も少しでも体力を節約するため、セツナは死んだ魚のような目で女の子たちを見つめていた。
すると、
「おい、そこのお前!」
怒号と共に視界を防ぐような黒い影が現れ、セツナはのっそりとした動作で顔を上げる。
見上げた先には、怒りで顔を赤くさせた巨漢がセツナのことを見下ろしていた。
「何さっきから俺たちのことをジロジロ見てるんだよ」
「……?」
巨漢から言われたことの意味がわからず、セツナはキョロキョロと首を巡らせて周りを見やる。
だが、周囲には誰もおらず、セツナは小首を傾げながら巨漢に尋ねる。
「…………僕ですか?」
「他に誰がいるんだよ! 俺たちが、あの勇者ファーブニル一行だと知ってケンカ売ってるのか? ああん?」
「何を言ってるんですか。そんなわけないでしょう」
巨漢からの指摘に、セツナは首を横に振ってきっぱりと否定する。
「それよりあなたは誰ですか? そもそも僕はあなたなんて見てませんし、そこにいると邪魔だからどいてくれませんか?」
せっかくだから可愛くてスタイルのいい女の子を探そうと思っていたセツナは、立ちはだかる巨漢を避けるように横にスライドする。
しかし、巨漢はセツナが避けた先に先回りするように移動すると、仁王立ちして至近距離で睨む。
「おい、誰が帰っていいなんて言った」
「えっ? 別に帰りたいなんて一言も言っていませんけど?」
「てめぇ、ナメてんのか!?」
「いやいや、舐めてませんよ。大体そんな汚い真似、するわけないでしょう」
これ以上はここにいても無駄だと判断したセツナは、別の場所で女の子を改めて見ようと巨漢の脇をするりと抜けて歩き出した。