猟友会のナンバーファイブ
「むっ……」
突然現れたと思ったらいきなり失礼なことを言う優男の登場に、セツナは不快感を表す。
一瞬、この男をどうにかして黙らせようかと考えるが、
(……ハッ!?)
レオーネの使いでユグドラシルへ来たことを思い出し、セツナは脳内で振り上げた拳を慌てて下ろす。
感情に任せて暴れることは簡単だが、それではレオーネの面子を潰してしまうことになる。
当面は教会の犬として生きていかなければならない身としては、下手を打って無職になってしまうことは避けなければならなかった。
「ん? 何だか震えているようだけど、どうしたんだい?」
グッと堪えるセツナに、優男は爽やかな笑みを貼り付けたまま気安く話しかけてくる。
「あっ、わかった。田舎から出てきて、初めての都会の雰囲気に怖気づいちゃったんだろ?」
「ち、違います!」
失礼極まりない優男の言葉に、セツナは堪らず抗議の声を上げる。
「いきなり現れて失礼じゃないですか。そもそもあなたは誰なんですか!?」
「えっ、俺? それを聞いちゃう?」
セツナの質問に、優男は長い金髪を両手で持ち上げて二カッと爽やかに笑う。
「俺は勇者ファーブニルの参謀にして猟友会のナンバーファイブ、冒険者一のイケメン、炎のライオネスとはこの俺のことよ」
「ラ、ライオネス……あなたが?」
いきなり現れたいけ好かない男が、まさかのアイギスの憧れの男だと知り、セツナは思わず彼女の方を見る。
「~~~~っ!?」
セツナと目が合ったアイギスは先程までの勢いは何処に行ったのか、赤い顔を見られないようにと顔を伏せるように俯く。
「アイギスさん……」
これまで見たこともない初々しいアイギスの反応に、セツナはこれが恋という奴なのか? と思いながら笑顔を貼り付けたままのライオネスを見やる。
「…………」
「どうした? 悪いけど、男にジッと見られて喜ぶ趣味はないんだけど」
「…………僕もです」
これ以上はライオネスを見続けても意味はないと悟ったセツナは、彼から視線を外すと、何となくしおらしいアイギスを見る気にもなれず、視線を手元へと落とす。
「…………」
何だかよくわからないが、今の状況をセツナはつまらないと思っていた。
未だに上手く話す自信はないけど、それでも少し……ほんの少しだけアイギスと打ち解けることができたと思っていたのに、ライオネスの登場で全てが台無しになってしまった。
(しかも、現れるなり人をいきなり田舎者呼ばわりして……)
自分が田舎者だということは重々承知していたが、それでもこれまで出会って来た人たちは、セツナのことを決して田舎者と嘲笑うことはなかった。
こんな失礼で軽薄な男を、アイギスは本当に好きだというのだろうか?
人を……異性を好きになるという感覚はよくわかっていないセツナであったが、今のアイギスの様子を見る限り、彼女はとても幸せそうには見えなかった。
(どうして? さっきはあんなに楽しそうに話していたのに……)
好きな人を目の当たりにしたはずなのに、何故かとっても辛そうな表情をみせるアイギスを見て、セツナはますます訳がわからなくなる。
すると、
「ところでさ……」
沈黙を打ち破るように、薄ら笑いを浮かべたライオネスがセツナに話しかける。
「何しにウチに来たの? 確か君って新しく教会の犬になった奴だよな?」
「あっ、はい、そうです」
もしかしたら受付の男性が呼んで来た人物がライオネスかもしれないと思ったセツナは、居住まいを正して彼に話しかける。
「今日は猟友会に所属していた人の荷物と、認識票を届けに来ました」
「ああ、先日辞めた奴の荷物か、なるほどね」
セツナの言葉を聞いたライオネスは、彼が持って来た荷物を一瞥すると、大袈裟に嘆息してみせる。
「やれやれ……新人の癖に調子に乗ったと思ったら勝手に死んで、それで辞めるとか、冒険者舐めすぎだよな。君もそう思わないかい?」
「……さあ、僕には何とも」
「つれないね」
素っ気ない返答をするセツナに、ライオネスは苦笑して肩を竦める。
「事情はわかった。大方ここに来るのが初めてだから、道案内としてアイギスちゃんが付いてきたってとこだろ?」
「そうです」
「そうか、なら丁度いい」
何が丁度いいのだ? と顔を上げるセツナに、ライオネスは白い歯を見せながらある提案をする。
「道案内はもう十分だろ? だったらアイギスちゃんを俺に貸してよ」
「え、ええ~!?」
ライオネスの提案に、すぐ近くから素っ頓狂な声が上がる。
声に驚いてセツナがそちらを見やると、驚きで顔を真っ赤にしたアイギスが立ち上がっていた。
「わ、わわ、私がライオネス様と!?」
「うん、これから買い物に行こうと思っていたんだけど、どうかな?」
「どうかなって……」
憧れのライオネスからの誘いに、アイギスはまんざらでもない顔をしながらも即答せずに視線を逸らす。
それは言うまでもなく、セツナの存在があった。
アイギスの目的はライオネスに会いに来ることであり、セツナをここに連れて来ることはついでの用事なので、目的は果たしたのだからここで別れてしまっても問題はない。
だが、それでもアイギスは素直にライオネスの提案を受けようとはしない。
それが憧れの存在といきなり二人きりになるのが怖いからなのか、それとも少しだけ仲良くなった同じ敷地内に住む者を、無下に見捨てるような真似をするのが嫌だったのか。
答えを窮するアイギスに対し、
「アイギスさん……僕は大丈夫ですから、行ってきたらどうですか?」
何か吹っ切れたような微笑を浮かべたセツナが、アイギスに提案をする。
「ここに来るのは、ライオネスさんに会うためだと言ってたではないですか。だから、僕のことは気にしなくていいですよ」
「ば、ばば、馬鹿! いきなり何言ってるのよ!?」
まさか本人を前にして想いを暴露されると思っていなかったアイギスは、目を白黒させながらちらとライオネスを見やる。
「……どうする?」
ライオネスは、優し気な笑みを浮かべてアイギスに向かって手を差し伸べている。
あの手を取れば、きっとアイギスにとって至福の時間が訪れるのは間違いないだろう。
だが、
「…………ごめんなさい!」
何を思ったのか、アイギスはライオネスに向かって深々と頭を下げて謝罪の言葉を口にする。
「そ、その、ライオネス様に誘ってもらえたのは本当に嬉しいんですけど、今日は約束があるんです」
「約束?」
「はい、こいつにここのパンケーキを奢ってやるって約束しているんです」
つい先ほどセツナと交わしたばかりの約束を理由に、アイギスはライオネスからの誘いを断る。
そう言ったアイギスの顔は、憧れの男を前に委縮していた影は微塵もなく、いつもの自信に満ち溢れた清々しい顔をしていた。
どうしてライオネスではなくセツナを選んだのか、自分でも全く理解できないアイギスであったが、その選択に後悔はなかった。
「ライオネス様からの誘いを断るなんてどうかしてると思いますけど、今日だけは……今日だけはごめんなさいです!」
「そう……か」
アイギスから断りの返事を聞いたライオネスは、そのまま引き下がるかと思われたが、
「チッ、調子に乗るなよ。没落貴族が」
盛大に舌打ちをすると、これまでの軽薄な表情を一転させる。