もしもハーレムを作ったら?
最初はオフィールの街の案内に徹していたアイギスであったが、いつの間にか話題は彼女が新たに気になっているという男、ライオネスの話になっていた。
「……でね、ライオネス様ったら私が差し出した飴を食べて下さって、優しく笑って下さったの。甘い物が好きだなんて、お茶目で可愛いと思わない?」
「はぁ……」
未だに女性と話す時には緊張でうまく言葉が出ないセツナであったが、今の彼はかつてないほどアイギスを前にしても心穏やかだった。
「当然ながらライオネス様にはファンクラブもあってね……でも、私はそのクラブには入るつもりはないの、何でかわかる?」
「わかりません」
「まあ、そうよね。しょうがないわね。セツナには特別教えてあげてもいいわよ」
「はあ、どうも……」
アイギスが可愛らしくウインクをしてみせても、セツナの心は凪の海の様に穏やかで、さざ波一つ起きることはなかった。
理由は至って簡単で、いくら女の子と話せると言っても、他の男に対する想いの話など、いくら聞いてもつまらなくて仕方なかった。
(はぁ……この無駄な時間、いつまで続くんだろう)
セツナは自分の腕の中にある届け物である荷物と、それとは別に用意した綺麗な装飾が施された白い木箱へと目を向ける。
箱の中には、知らない人に挨拶する時に失礼にならないようにと、セツナが用意できる精一杯の気持ちとして用意したダイフクが入っている。
ダイフクの準備はできても入れる器を用意することができなかったので、木箱はレオーネにお願いして教会にあった贈り物を入れる時に使う箱を貸してもらったのだった。
お土産を持っていきたいと提案した時、レオーネから「律儀な奴だな」と呆れられてしまったが、セツナにとって第一印象というのは大事だと思っているし、特に「おっぱいを揉みたいという発言で冒険者になれなかった」というレッテルを一刻も早く払拭するためにも、挨拶くらいはちゃんとできる人間であると皆に思ってもらいたかった。
(今度こそ……)
これから向かうギルド『猟友会』にいるであろう女の子に嫌われないためにも、最初の挨拶はちゃんとしようと思いながら、セツナはアイギスのまだ見ぬ男自慢をBGMにオフィールの街を歩いていった。
教会を出てしばらく歩くと、周囲の家が石造りの家からかつて見た木製のログハウスを思わせるような家へと変わり、濃厚な植物の香りが鼻孔をくすぐる。
「あっ、ここから『猟友会』の領域だから」
周りの景色が一変したところで、憧れの男の話に夢中だったアイギスが話を本題へと戻す。
「見てわかるかもしれないけど、ギルド『猟友会』は森の王国、フォレスが中心となってできたギルドよ。だから街並みも森の中にいるかのように造られているのよ」
「確かに……僕の故郷の近くの村に似ているような気もします」
「へえ、セツナってフォレス辺りの出身なわけ?」
「いえ、違います。僕は……」
顔を近付けてくるアイギスにどぎまぎしながら、セツナは自分の出身地を彼女に告げる。
続くアイギスの反応は、セツナの予想通りのものだった。
「……聞いたことないわね。それ、実在する国なの?」
「そ、そのはずです」
レオーネと話した時も思ったが、ここまで誰も知らないと自分の故郷が本当に実在したのかどうかも怪しく思えてきて、セツナはシュン、と力なく肩を落として顔を伏せる。
「ま、まあ、別に故郷なんかどうでもいいでしょ」
明らかに気落ちしたセツナを見て言い過ぎたと思ったのか、アイギスは殊更明るい声を上げて彼を励ます。
「ちょっと田舎の出身だから何よ。大切なのは、セツナがこの街で何をするかでしょ!」
「僕が……」
「そうよ! おっぱいを揉みたいなんて小さなこと言ってないで、何ならここでハーレムでも作ってみなさいよ!」
「ハ、ハハ、ハーレム!?」
まさかの提案に、セツナは慌てたように顔を百面相させる。
周囲を見渡し、楽しそうに歩いている女の子や、店先で声掛けをしている女の子に目をやり、続いて彼女たちの肢体を眺めたセツナは、顔を赤くさせて最後に腕を組んでいるアイギスへと目を向ける。
「ぼ、僕なんかがそんな畏れ多いこと……いいんですかね?」
「フッ、セツナなんかにハーレムが作れるとは思わないけどね」
未だに女の子と目をまともに合わせて話すらできないセツナが、ハーレムなんか作れるはずがないと思っているアイギスは、ニヤニヤと笑いながら彼に尋ねる。
「それで、セツナはハーレムを作ったら最初は一体どうするつもりなのかしら?」
「ええっ、そ、それはですね……」
既に脳内で理想のハーレム像を描いているのか、セツナは人差し指同志をモジモジと合わせながらやりたいことを話す。
「そ、その、女の子と…………手を」
「手を?」
「手を繋ぎたいです」
「…………はぁ?」
「色んな女の子と手を繋いで、見晴らしのいい丘でピクニックができたら、それだけで僕は……僕は……」
自分の妄想を吐露したセツナは、真っ赤に火照った顔を冷ますように両手で挟んでいやいやとかぶりを振る。
ギルドの面接では「女の子のおっぱいを揉みたい」なんて言ったり、アイギスに対して「僕の子種をもらってほしい」等と言ったりしたセツナであったが、完全な男社会で生きてきた所為で女の子との接し方は疎か、まともな性教育すら受けて来なかったので、その辺の知識はとんと持っていないのであった。
まるで幼児に読み聞かせる絵本のような、長閑なハーレムの話を聞かされたアイギスは、
「……ピュアかよ」
呆れたように呟くと、セツナに向けてこれまでより少し優しい笑みを向けるのであった。
いつも本作をお読みいただきありがとうございます。
明日から暫くの間は1日2話、0時と12時に更新をして参りたいと思います。
これまでの9時21時更新だと思って見に来て下さった方にはご迷惑をおかけして申し訳ございませんが、どうぞよろしくお願いいたします。