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昨日とは違う朝、ちょっと違う関係性

 ――朝靄が立ち込める早朝、小鳥たちが挨拶するようにさえずる声が聞こえる中、オフィールの街が一望できる場所にある教会のキッチンから、楽しそうな少年の声が聞こえてくる。


「フン、フン、フフ~ン」


 クエスト達成の報酬で買った割烹着に身を包み、年相応の笑みを浮かべて楽しそうに料理をするのは、新たにこの教会の犬になったセツナだった。


 木の桶に入った白い粉に水と砂糖を入れ、軽妙なリズムに合わせて桶の中身を攪拌したセツナは、次に火にかけておいた蒸し器を開け、中に入っている器に濡らした手ぬぐいを敷き、攪拌した桶の中身を入れて蒸していく。


「さて、そろそろいいかな……」


 セツナは竈の火の加減を確かめながら、続いて朝一に起きて仕込んでおいたものを取り出す。


 木製の底の浅い皿に敷かれたそれは、陽が出る前に起きて仕込んでおいた小豆を煮て作った特製のあんこだった。


「粗熱は……よし、取れてるな」


 あんこがしっかりと冷えているのを確認したセツナは、再び「フン、フフ~ン」と楽しそうに歌いながらあんこを一口大の玉にしていく。


 そうこうしている間に蒸しあがった白い生地を木のへらを使って力を込めてこねていく。

 引いたり押したりを繰り返しながら生地をこねると、徐々に生地に粘り気が出てきて、やがて驚くほど伸びるようになる。


 生地を十分にこねたセツナは、別の浅い皿を取り出して片栗粉を敷くと、そこにこねた生地を乗せて十分に片栗粉をまぶしていく。


 生地全体に片栗粉をまぶした後は、適量をちぎって手の平に乗せて丸く広げ、あんこを乗せて摘むように包み、丸く整形していく。



 すると、


「……あんた、朝っぱらから何呑気に歌ってんの」

「フンフフン…………ふふぁ、えふぁっ!?」


 一人の世界に没頭していたセツナは、まさかこんなに早く誰かが起きて来るとは思わず、奇声を上げながら手にしていた物を放り投げてしまう。


 綺麗な放物線を描いて飛んだ白い玉は、キッチンの入口に立つ赤髪の人物、アイギスの手にすっぽりと収まる。

 白い玉を手にしたアイギスは、感触を確かめるようにムニムニと揉みながらセツナに尋ねる。


「……何、これ? なんかぷにぷにしてるけど」

「あっ、そ、それは、僕の故郷のお、お菓子で、ダイフクって言います」

「ダイフク? ふ~ん、これってお菓子なんだ……変な名前」


 セツナからダイフクの説明を聞いたアイギスは、躊躇なく白い玉を口に放る。


「あっ……」

「ふ~ん、思ったより甘さは控えめなのね。でも食感は悪くないかも」


 もきゅもきゅとダイフクを咀嚼したアイギスは、最後にペロリと手に着いた片栗粉を舐めてニコリと笑う。


「やるじゃないセツナ、お菓子を作れるなんて、あんた本当に料理上手なのね」

「えっ? あ……あ、はい、どうも……」


 先日の全力ビンタからアイギスとは一言も会話していなかったのに、一体どういう風の吹き回しなのか、親し気に話しかけてくる彼女の考えが読めずにセツナは困惑する。


 だが、そんなセツナの葛藤など気にした様子もなく、アイギスはまだ調理途中の材料を見ながら不思議そうに話す。


「セツナが料理上手なのはわかったけど……何で朝っぱらからお菓子なんて作ってるの?」

「あ、そ、その……趣味…………何です」

「趣味? お菓子作りが?」

「そ、そんなに変ですか?」

「うん、変」

「あうぅ……」


 ハッキリと断じられて落ち込むセツナに、アイギスは興味深そうにあんこを見ながら問いかける。


「それで、どうしてお菓子作りが趣味になったの?」

「は、はい、僕の故郷……凄い田舎でお店も何もなくて……」

「店もないって……買い物は?」

「月に一度、行商人の人が来てくれるので……だけど売ってるお菓子は高いので、甘いものは自分で作るしかなかったんです」

「へぇ、そこで自分で作るという発想に至るのが凄いわね」


 セツナの趣味がハッキリと変だと断じた割に、アイギスはとても興味深そうに彼が作成したダイフクを眺める。


「ねえねえ、もしかしてまだダイフクを作ってる最中?」

「あっ、は、はい……」

「じゃあさ、私にもダイフクの作り方教えてよ」

「ええっ!? ど、どうして?」

「どうしてって……そりゃあ」


 アイギスはセツナの顔をちらと一瞥すると「フン」と鼻を鳴らして顔を背けながら話す。


「お菓子を作れる女子って、男の子にモテるでしょ?」

「そ、そうなのですか?」

「そうなの! だから私にもそのお菓子の作り方教えてよ……あっ、でも!」


 呆然と立ち尽くすセツナに、アイギスはずずいっ、と指を突き刺しながら捲し立てる。


「別にあんたのこと、思いっきりぶっちゃったことを謝りたいとか、一方的に怒って悪かったと思ってるから手伝ってあげようとかそういうのじゃないから! いいわね!?」

「あっ、は、はい……」


 セツナの「僕の子種をもらってほしい」発言については、ことの顛末を聞いたレオーネから人に教えられた言葉を引用しただけで、彼自身も言葉の意味をよく理解していない旨を昨夜の夕食時に説明してもらったので、既にアイギスの誤解は解けている。


(でも、だからといってこんな簡単に態度って変わるものなの?)


 友人と喧嘩した際、仲直りまでにそれなりの時間を要した経験しかないセツナにとって、アイギスの変わり身の早さは到底理解が追いつかなかった。


(女の人ってよくわからない)


 そう思いながら、セツナは「早くしなさい!」と急かすアイギスの願いを叶えるため、彼女にダイフクの作り方をレクチャーしていくのであった。

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