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戻る道なんてないから

「な、何だ……」


 奇跡の復活を喜ぶべき場面であるはずなのに、正反対の怒りにも似た声が聞こえたことに、セツナは戸惑いながら冒険者たちの方へと目を向ける。


「お前、わかっているのか!?」


 怒りで顔を真っ赤にしたリーダーと思しき男性が、生き返った男性の胸ぐらを掴んで詰め寄っているのが見える。


「俺たちがお前を生き返らせるのにどれだけ苦労したか……どれだけの金がかかったのかわかっているのか!?」

「そんなこと知るか! 大体、お前に俺の何がわかるって言うんだ!」


 手を振り払って怒りを露わにする生き返った男性に、リーダーの男性は戸惑ったような視線を向ける。


「な、何を言って……」

「我が身可愛さに俺を見捨てたくせに、偉そうにしてんじゃねぇよ!」

「んなっ!?」


 愕然とするリーダーの男性に、生き返った男性は涙を流しながら捲し立てる。


「お前たちが逃げた後、俺はすんなり死ねたと思うのか?」

「ち、違うのか?」

「違うね。奴等、俺が動けないことをいいことに散々好き勝手に弄んだんだ。骨を折られ、切り刻まれて叫び声を上げる度に、手を叩いて喜ぶんだ!」

「…………」

「そして、切り落とした俺の身体を見せつけるように食いやがるんだ。生きているのに自分の身体を食べられる恐怖が、女を守るためにのうのうと逃げたお前にわかるのか?」

「そ、それは……」


 生き返った男性の叩きつけるような慟哭に、リーダーの男性は勿論、残りのパーティメンバーも一様に顔を伏せて押し黙る。


 仲間たちから一切の反論が出ないことを見た生き返った男性は、沈痛な表情で搾り出すように心情を吐露する。


「俺はもう無理なんだよ……だから、俺のことは放っておいてくれ」


 生き返った男性の事実上の引退宣言に対し、仲間内から彼を止める声は上がらなかった。




 奇跡の力で仲間が蘇って喜ぶはずだった冒険者たちは、最初に見た時と同じようにお通夜のような雰囲気のまま教会から立ち去っていった。


「まっ、結局こうなったか」


 静かになった祭壇の前で再び煙草を咥えたレオーネは、深く紫煙を吐きながら事の成り行きを見守っていたセツナに向かって笑いかける。


「言ったろ? 再びダンジョンに挑むとは限らないって」

「レオーネさんは、こうなることがわかっていたんですね?」

「まあな、犠牲者が一人と聞いた時点で、そいつは見捨てられたんだろうなって……後はまあ、見ての通りだよ」


 冒険者たちが置いていった報酬の銀貨の枚数を確かめたレオーネは、その内の三枚をセツナに放り投げる。


「ほれ、そいつが今日の報酬だ」

「わわっ、こ、こんなにいいんですか!?」


 投げられた銀貨を素早く空中でキャッチしたセツナは、思った以上の報酬額に驚く。


 銀貨一枚は銅貨百枚と同じ価値があり、レオーネに拾われなければ、銅貨二枚で買えるカビの生えた黒パン一個で一週間を乗り切ろうと思っていたセツナにとって、銀貨三枚という報酬は破格であった。


「…………うぇひひ」


 これだけあればあれやこれを買ったり、好きな物を食べたりできると思ったセツナは唇の端を吊り上げて不気味な笑い声をあげる。



「……フッ」


 キラキラと目を輝かせて銀貨を掲げるセツナを見て、レオーネは微笑を浮かべる。


「どうやらお前は大丈夫そうだな」

「えっ、何がですか?」

「さっきの冒険者たちを見て、ダンジョンが怖くなったりしないのかって話だ。実際、あの中の数人は、あの男と一緒に田舎に帰っちまうだろうからな」


 それはこの街で復活の奇跡が使える数少ないシスターとして、何人もの命を救ってきレオーネの経験談だった。


 死んでも生き返れるということは、冒険者たちにとって命の危険を顧みず財宝を漁れるというメリットである一方、死ぬほど苦しい思いを散々した後、そのことが原因でトラウマを抱え、一生苦しみながら生きていかなければならないのに、そんな状況でもダンジョンに潜らなければいけないというデメリットでもあるのだ。


「大抵の奴は一度死んだ時点で冒険者を辞める。壊れた仲間を目にした奴も恐怖に臆して逃げる……前の犬もそうだった」


 別にそれが悪いことだとはレオーネは思わない。


 誰だって我が身が可愛いのだ。


 そのことに気付いてしまったら、危ない橋なんて早々渡れるものじゃない。


「だがセツナ、お前はあれだけの光景を目の当たりにしても全く怯えた様子はない。お前はダンジョンに潜るのが怖くないのか?」

「……はぁ、別に怖くはないです」

「何故だ? お前ぐらいの年頃なら、他にいくらでも生きる道はあるだろうに」

「そう……ですね」


 レオーネの質問に、セツナは少し考える素振りを見せた後、自嘲気味に笑って答える。


「だって僕には、ここで働くしかありませんから」

「今日手に入れた金で故郷に戻って、普通に暮らす道だってあるんじゃないのか?」

「ありませんよ。お嫁さんを見つけない限り僕は故郷に戻れないですし、戻るつもりはありません。そういう約束で、この街に来たのですから」


 セツナがオフィールの街に来るために用意した路銀は、彼がこれまでの人生で培ってきたもの、全てを売り払って手に入れたものだった。

 故に、今日手に入れた金で故郷に戻ったところで生活することもままならないし、何よりセツナの両親がそんな恥知らずの息子を家に置いておくはずがなかった。


 そうなればセツナに残っている道は、山賊になって山に入って来た人を襲うか、何処かで誰にも知られずに野垂れ死にするかの二択しか残されていなかった。


「だから僕は是が非でも帰りません。もう戻れる道なんてないのですから」

「そう……か」


 セツナの決意を聞いたレオーネは何処か安心したように嘆息すると、再び煙草に火を点けてニヤリと笑う。


「まあ、その肝心の一歩目を、おっぱい発言で台無しにしたわけだがな」

「ぐぼばぁ!?」


 レオーネの容赦ない一言に、セツナは大ダメージを受けたかのように仰け反る。


 だが、どうにか踏み止まり、倒れることなく立ち上がったセツナは自身の目標をレオーネに告げる。


「で、でも……ギルドに入れないのなら、教会の犬としてお嫁さんを見つけるまで頑張ります」

「ああ、わかった。それじゃあ、今後も犬としてこき使ってやるから精々頑張れよな」

「ええ、上等です」


 そう言ってセツナは、レオーネに負けないような凶悪な笑みを浮かべてみせた。




 色々な出来事があったが、無事に初日のクエストを達成したセツナは、皆の世話をするという犬の仕事のため、夕食の準備をするために台所へと向かっていく。


 ただ、


「そっか、あいつも戻る道なんてないんだ……」


 滔々と語られたセツナの独白を特別な思いを抱いて聞いている者がいたとは、この時の彼は知る由もなかった。

いつも本作をお読みいただきありがとうございます。


今回でギャルゲーでいうところのプロローグは終わりとなります。


次回からは各ヒロインに焦点を当てた物語をお届けします。


それに合わせて初回は3話更新、翌日からは少し時間を変えて1日2話更新をして参ります。

これからどんどん物語は広がっていきますので、これからもどうぞ応援よろしくお願いします。

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