復活の奇跡
最後にひと悶着あったが、セツナたちは無事にダンジョンを脱出して教会まで戻って来ることができた。
「おおっ、無事に戻ったか……って、どうした?」
鮮血の戦乙女のギルドメンバーを迎え入れたレオーネは、最後に入って来たセツナを見て驚きに目を見開く。
不貞腐れるように入って来たセツナの左頬にくっきりと赤い手形が付いており、見るからに痛々しく腫れ上がっていたのだ。
「セ、セツナ……お前がそんなに怪我をするなんて何があったんだ?」
「…………何でもないです」
「だ、だが……」
「何でもないです」
明らかに何でもないはずがないのだが、セツナは頑として何が起きたのかを話そうとしない。
すると、
「レオーネさん、こいつのことなんか心配しなくていいですよ」
まだご機嫌斜めな様子のアイギスが、セツナを冷たく一瞥しながら話す。
「こ、ここ、この万年発情男はっ! せっかくこの私が……ブツブツ」
「ああ、なるほど。大体理解した」
全てを言わなくてもセツナの怪我の原因がわかったレオーネは、苦笑しながらそっぽを向いている彼に手を差し伸べる。
「それでセツナ、犬としての仕事はちゃんとしてきたんだろうな?」
「は、はい、こちらに……」
不貞腐れていても仕事はキッチリとこなしたセツナが、ここまで引っ張って来た棺をレオーネに見せる。
「周囲にあった遺失物も、全部持ってきました」
「よろしい、上出来だ」
セツナから棺を受け取ったレオーネは、ニヤリと笑って彼の肩をポンポンと叩く。
「まあ、何だ……女の扱いについては今度、色々と教えてやるから、な?」
「本当ですか!?」
「おわっ!? す、凄い喰いついてきたな」
今にも齧りついてきそうなセツナの迫力に、レオーネは若干引きながら彼の体をそっと引き剥がして背後を見やる。
「まあ、ともかく今はやるべきことをやってしまおう」
「やるべき……こと?」
セツナがレオーネの視線の先を追うと、
「あっ……」
教会の奥、祭壇の前に何やらお通夜のような、物凄く落ち込んでいる集団がいるのに気付く。
セツナと同じ年頃の男女混合の五人は棺の存在に気付くと、二人の少女が身を寄せ合うようにして泣き出す。
どうやら五人は棺の中に入った死体の仲間のようだ。
「まっ、そんな訳でお姉さん、これからちょっと仕事だから」
レオーネはセツナの頭をポンポンと叩くと、煙草を咥えてニヤリと笑う。
「いつもと違うところを見て、惚れんじゃねぇぞ」
「それは……」
思わずジューゾー君のお母さん云々を言おうとしたセツナだったが、これから仕事だというレオーネの邪魔をしては悪いと思い、彼女を励ます言葉をかけることにする。
「そ、その……とりあえず、カ、カッコイイところ……見れるのを期待してます」
「…………」
しどろもどろになりながら紡がれたセツナの言葉に、レオーネは暫し呆然としていたが、
「カカッ、そこまで期待されちゃ今日の仕事は失敗できないな」
とても気合が入ったのか、白い歯を見せてニコリと笑うと、彼の頭をポンポンと叩いて祭壇の前まで進む。
「よし、それでは始めようか」
紺色の神官服を翻したレオーネは、煙草に火を点けて紫煙をくゆらせて一息つくと、煙草を灰皿に置いて真剣な表情になって祈りのポーズを取る。
「神のささやき…………女神の祈り…………」
一つ言葉を紡ぐ度に、祈るように手を組んでいるレオーネに光が集まり出す。
「詠唱を賜え…………」
謳うようなレオーネの詠唱に誘われるように集まった光たちは、最初は彼女の周囲をあてもなく彷徨っていたが、やがて一つにまとまって大きな光へとなる。
「奇跡を……念じろ!」
最後の呪文を唱えると同時に光が一際大きく輝き、棺へと吸い込まれていき、最後にガラスが砕け散るような破砕音が鳴る。
それで復活の魔法は終わったのか、教会内に静寂が訪れる。
「…………成功したのか?」
何も反応がないことに、集団のリーダーと思われる男性が小さな声で呟くと同時に、棺がガタガタと揺れ出して蓋が開く。
「こ、ここは……」
すると、中から魔物に喰い荒らされ、頭部は骨だけになるまでボロボロになっていた男性が、まるで最初から傷がなかったかのように完全な姿となって現れたのだ。
「おおっ!?」
「やった! 成功だ!」
「凄い! 本当に復活できたぞ!」
復活した男性を祝福するように、仲間たちが彼へと殺到する。
「…………凄い」
一連の流れを遠巻きに見ていたセツナも、目の前で起きた奇跡に開いた口が塞がらないでいた。
可能な限り死体の回収をしたつもりであったが、それでも完全な形での回収はできなかった。
少なくとも頭部は骨しか残っておらず、肉片は勿論、脳やその他の内臓、骨の数も明らかに足りていなかった。
だからレオーネの奇跡が成功しても、体に何かしらの不具合がある状態での復活だと思っていたのに、どういうわけか欠損した部分を何かの力で補い、完全な生き返りを実現してみせたのだ。
これを奇跡と言わずして何というのだろうか?
「ヘヘッ、どうだ?」
仲間たちに祝福されている男性を見ながら、一仕事終えたレオーネが気持ちよく紫煙をくゆらせながらセツナに話す。
「お姉さんのこと、ちょっとは見直したか?」
「……はい、凄いと思いました」
セツナは素直に頷くと、喜ぶパーティメンバーを羨ましそうに見ながら話す。
「レオーネさんのお蔭で、あの人たちもまたダンジョンに挑むことができるのですね」
「……それはどうかな」
「えっ?」
まさかの一言に、セツナが思わずレオーネの方へと視線を向けると、
「どうしてだよ! 何でそんなこと言うんだよ!」
突如として教会内に悲痛な叫び声が響き渡った。