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なにをして欲しいの?

 ダークゾーンの見学を終え、今日の探索は終わりだと一行が帰路に着こうと歩きはじめたその時、闇の向こう側に僅かに変化が訪れる。


 だが、ほんの僅かな衣擦れの音がしただけの変化では、カタリナ以下鮮血の戦乙女ブラッディ・ヴァルキュリアのメンバーは気付くはずがなかった。



 唯一人を除いて……、


「――っ、いけない!?」


 ダークゾーンの向こう側の僅かな変化に気付いたセツナは、手にしていた棺から伸びた紐を放り出し、女性陣たちの下へと駆け出す。


 セツナが駆け出すと同時に、ダークゾーンの向こう側から巨木の様に太い腕が現れる。

 腰から装備していた小型のナイフを引き抜いたセツナは、隊列の一番後ろにいるアイギスに向かって駆け寄り、そのまま彼女を突き飛ばす。


「きゃっ!? な、何するのよ!」


 突き飛ばされ、尻餅を付いたアイギスから抗議の声が上がるが、セツナは無視して伸びてきた腕に向かってナイフを突き立てる。


「ギャオオオオオオオオオッ!」

「――っ!?」

「何だ!」

「魔物!?」


 広間に響いた耳を劈くような不快な悲鳴に、カタリナたちもようやく異変に気付いて戦闘態勢を取る。


「セツナ!」

「……大丈夫です」


 カタリナの切羽詰まった様子の声に、セツナはナイフに着いた血を拭いながら冷静に答える。


「もう、終わりました」


 セツナがそう呟くと同時に、ダークゾーンの中から巨大な人影が現れ、ズシンと地響きを上げながらうつ伏せに倒れる。


 それはボロ布一枚だけを身に付けた、成人男性の倍以上はありそうな巨躯を持つ魔物だった。


「おいおい」


 倒れている魔物を見たカタリナが驚きの声を上げる。


「こいつはトロルじゃないか!?」

「それってそんなに強い魔物なんですか?」

「ああ、少なくともこのフロアで出る魔物じゃない」


 アウラの質問に、カタリナは油断なく武器を構えたまま頷く。


「最低でも四階より下のフロアでなければ出会えない魔物だよ」

「そ、そんな強い魔物がどうして……」

「わからん……が、ここのダークゾーンの奥がどうなっているのかは私も知らないんだ。もしかしたらこの先は、どこか別の階層に繋がっているのかもな」


 ダークゾーンから追加の魔物が出てくる気配がないのを悟ったカタリナは、ゆっくりとした足取りで倒れているトロルへと近付く。


「…………死んでるな」


 トロルが現れたと思ったら既にこと切れていることに小さく嘆息しながら、カタリナは棺を回収してきたセツナに向き直る。


「毒か?」

「はい、念のために用意しておいてよかったです」

「そうか……助かった。礼を言う、感謝のしるしにお姉さんが抱き締めてやろう」

「い、いえ……」


 両手を広げてニヤリと笑うカタリナに、顔を赤面させたセツナはいやいやとかぶりを振りながら距離を取る。


「そ、そういえば……」


 トロルからの攻撃を避けるためとは言え、アイギスを突き飛ばしてしまったことを悪いと思ったセツナは、まだ起き上がっていない彼女へと向き直り、


「お、おお、おパッ!?」


 奇声を上げながら慌てて視線を逸らす。


「……えっ?」


 セツナの態度から何事かと思ったアイギスは、彼が最後に見たであろう自分の下腹部へと視線を持っていき、


「――っ!?」


 そこで自分が盛大に開脚したまま呆然としていたことに気付き、慌てて足を閉じる。

 アイギスは羞恥で顔を真っ赤にしながら、セツナに念のために尋ねる。


「見たでしょ?」

「み、見てないです」


 案の定、セツナは赤い顔のまま首を激しく横に振って否定する。


「このっ!?」


 往生際の悪いセツナに、アイギスはカッとなって思わず手を振り上げるが、


「…………はぁ」


 盛大に溜息を吐くと、力なく振り上げた腕を下ろす。

 セツナの態度は全く褒められたものではなかったが、考えてみればアイギスにとって今の彼は命の恩人であった。


 そのことを思い出したアイギスは、パンツの一つや二つ見られたことぐらい、トロルの不意打ちを受けて叩き潰されるよりは何倍もマシだと思うことにする。


 それに、このままセツナに借りを作ったままでいるのも癪だと思ったアイギスは、立ち上がって顔を逸らしたままの少年に話しかける。


「セツナ、ちょっといいかしら?」

「み、見てないです」

「それはもういいから、怒ってないし、殴らないからこっちを向きなさい」

「……本当に?」

「本当よ。人の上に立つ貴族として、約束を違えることはないと誓うわ……これでいい?」

「えっ? き、貴族……なのですか?」

「そうよ。訳あって今は冒険者やってるけど、私は噓偽りない本物の貴族よ」


 そう言われてセツナがカタリナたちに目を向けると、既知の情報なのか、彼女とミリアムの二人が揃って頷く。


 どうやらアイギスが貴族というのは間違いないようだ。


「……なるほど」


 アイギスが自分の家柄をかけると聞いて、流石に嘘はつかないと判断したセツナは、ゆっくりと彼女の方へ向き直る。


「えっ、あ、あう……えと……」


 すぐ目の前にアイギスの猫のような鋭い目があることに、顔を真っ赤にしたセツナはしどろもどろになりながら彼女に話す。


「で、では……ぼ、僕に何の用が?」

「お礼……」

「はへっ?」

「察しが悪いわね。命を救ってくれた礼をしてあげるって言ってるの!」


 腕を組んだままのアイギスは、セツナを見下すように顎を上げて話す。


「か、勘違いしないでよね。誰にでもこんなこと言うわけじゃないから。今回は特別なんだからね!」

「はぁ……」


 アイギスの言いたいことがわからず、セツナは不思議そうに小首を傾げると、確認のために彼女の改めて問う。


「それってつまり、僕がアイギスさんにして欲しいことを言えばいいんですか?」

「そ、そうよ……あっ、でもこの機の乗じておっぱい揉ませて、何て言ったら蹴り飛ばすからね」

「わ、わかりました」


 第一希望を真っ先に封じられたセツナは、アイギスに何をしてもらおうかと考える。


(せっかくだから、ここで何か仲良くなるきっかけでも掴めれば……)


 レオーネからも女性の扱いには気を付けるように、と言われたのを思い出したセツナは、一体何を願うのがベストなのかと、記憶を辿ってみる。



「あっ……」


 そこで思い出したのは、かつて故郷で冒険者となり、綺麗な嫁を見つけて帰って来た道具屋のお兄さんから聞いた話だ。


 オフィールの街に来る前に彼と会い、美人の奥さんとの馴れ初めを聞いたのを思い出したセツナは、彼が妻と仲良くなるために言った一言を思い出す。


「あ、あの、それじゃあ……」

「決まったのね。何? 何でも遠慮せず言って御覧なさい」


 胸を張って偉そうに話を聞く姿勢を取るアイギスに、セツナはとっておきの一言を告げる。


「ぼ、僕の子種をもらって下さい!」

「…………」


 ペコリと頭を下げ、スッと手を差し出すセツナに、アイギスは暫し呆然と立ち尽くしていたが、


「こ、この、大馬鹿ものおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!」


 羞恥で顔を赤くさせると、ノーモーションで右手を思いっきり横に振り抜いた。

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