ダンジョンの名所へ行ってみよう
「さて、存外あっさりと目的は達成できたわけだが……」
ゴブリンから僅かばかりの素材と連中が装備していた品を回収し、全員の顔を見渡したカタリナは、呆れたように苦笑する。
「何だ。まだまだ戦い足りないといった様子だな」
「当然です。ゴブリンなんて雑魚なんかじゃ満足できません」
カタリナの言葉に、血気盛んなアイギスがすぐさま反応を示す。
「見たところアウラもまだまだ余裕なようです。もう一戦ぐらいは大丈夫じゃないですか?」
「はい、大丈夫です。いけます」
アイギスの進言に、返り血を綺麗に拭きとったアウラも笑顔で応える。
だが、
「駄目だ。予定通りに今日はここで切り上げる」
カタリナはかぶりを振って進言を一蹴する。
「一見大丈夫そうでも次の戦闘になった途端、疲労が一気に押し寄せてくる場合もある。無理はしない、分は弁える。ダンジョン攻略の基本中の基本だ」
「そう……ですね」
「わかりました」
凛として告げられたカタリナの言葉に、アイギスとアウラは了承しながらもがっくりと肩を落とす。
そんなわかりやすい二人を見たカタリナは、
「……といっても、流石にこのまま帰るのは時間が早過ぎるからな」
思わず苦笑しながらある代替案を出す。
「もう少し進んだ先に、このダンジョンならではのある特別な場所があるから、そちらを見ていかないか?」
「ある場所……ですか?」
「ああ、見たら驚くぞ」
疑問符を浮かべるアウラに、彼女が驚くという自信があるのか、カタリナはニヤリと笑ってみせる。
「それに、このダンジョンを攻略する上では絶対に避けては通れない路だからな……セツナもそれでいいか?」
「あっ、は、はい」
いきなり話を振られたセツナも、体力的にはまだまだ余裕があるのと、カタリナの言う、避けては通れない路というのも見ておきたいと思い、静かに頷く。
「大丈夫です。いけます」
「決まりだな」
新人二人の様子から問題ないと判断したカタリナは「付いてこい」と頼もしそうに言うと、目的の場所に向けて歩き出した。
念のためにしっかりと索敵を行いながら進んだが、魔物とエンカウントすることなく、一行はカタリナの言う目的の場所へと辿り着く。
「ここだ」
そう言ってカタリナが立ち止まった場所は、一見すると何の変哲もない広間だった。
「ここ……ですか?」
カタリナに続いて広間に入ったアウラは、ここに何があるのだろうと警戒しながら周囲を見渡す。
ダンジョンの内部は基本的に狭い通路と玄室、そしてこういった何のためにあるかわからないちょっとした広間で構成されていた。
広間の四隅には他の場所と同じように、何故かどうやっても消えないロウソクが乗った燭台があるぐらいで、広間には特に目立ったものは見当たらない。
見渡した結果、何も見つけられなかったアウラは観念してカタリナに尋ねる。
「カタリナさん、本当にこの広間に何かあるのですか?」
「いや、あるのは広間ではない」
ゆっくりとかぶりを振ったカタリナは、手を掲げて広間の奥を指差す。
「あるのは広間の奥の通路だ」
「えっ、奥ですか?」
広間の中ばかり見ていたアウラは、迂闊だったと広間の先を見る。
だが、
「……見えないです」
ダンジョンは何処も暗いのだが、カタリナが指差す先はさらに暗くなっているようで、アウラは近くで見ようと近付き、
「あっ!?」
そこである事実に気付き、驚きの声を上げる。
「カ、カタリナさん、ここ、何も見えないです。こんなに近付いているのに何も……」
叫びながらアウラが手を伸ばすと、まるでそこから先の空間がすっぽりと切り抜かれているように彼女の手が不自然に消えてなくなる。
だが、実際は切れたりはしていないようで、アウラが手を引くと怪我一つ負っていない綺麗な手が現れる。
「フッ、不思議だろう?」
アウラが予想通りのリアクションをしてくれたことに、カタリナはしてやったりという顔をしながら説明する。
「そこはダンジョン内に稀にあるダークゾーンというポイントだ」
「ダークゾーン……」
「そうだ。その中はどんな光も届かない暗黒領域で、あらゆる視界が封じられる危険極まりない場所だ。今は入らないが、今後挑む時が来るやもしれんから覚悟しておけ」
「は、はい……」
何度かダークゾーンに手を入れたり、火の点いたカンテラを入れたりして、そこから先が本当に一切の光が届かない不思議な空間だと知ったアウラは、ぶるるっと小さく身震いして漆黒の闇から距離を置く。
「こんなところ、本当に進まなきゃいけないんですね」
ゴブリン相手に果敢に立ち回ってみせたアウラでも流石に真っ暗闇の空間は怖いのか、少し自信なさげに呟く。
「大丈夫よ。こんなの、ただの何も見えない空間じゃないの」
弱気になったアウラを励ますためか、アイギスが殊更明るい声で肩を落とす彼女に話しかける。
「たまに強い敵が出てくるとかあるみたいだけど……それだけよ。怖いなら私が手を繋いであげるからアウラは何も怯える必要はないわ」
「アイギスさん……」
頼もしい先輩の言葉に、アウラはクスッ、と上品に笑う。
「わかりました。ここに挑む時は是非とも私と手を繋いでくださいね」
「任せて! 私がいれば、何の問題もないんだから」
力強く頷いたアイギスは、やや控えめな胸を強く叩いて快活に笑ってみせる。
ダンジョンでの初戦闘を無事に終え、ダークゾーンという怖い一面を体験したことで、当初の目的は全て完遂したことになる。
アウラも鮮血の戦乙女の一員として無事に認められ、このまま何事もなく今日のクエストは達成する……そう思われた。




