戦場で華麗に舞う戦乙女
玄室の入口に現れた影たちは、パーティの中で一番小さいアウラよりさらに小さかった。
「ゲヒッ! ゲヒゲヒッ!」
不気味な笑い声を上げ、刃が欠けた剣と穴の開いたボロボロの盾を手にして現れたのは、緑色の皮膚に長い耳を持った小人の魔物だった。
「フン、ゴブリンか」
現れた魔物が何かを見定めたカタリナは、戦闘準備が整った様子の仲間たちへと声をかける。
「どうやら相手はダンジョン内で一番のザコのゴブリンだ。アウラ、いけるな?」
「はい、問題ありません」
力強く頷くアウラを見てカタリナは頷き返すと、そのまま視線をスライドさせてアイギスとミリアムの方を見る。
何かあればアウラのサポートを頼むと目で訴えると、二人の女性はすぐさま頷いて応えてくれる。
頼もしい仲間に「頼んだぞ」と声に出さずに伝えたカタリナは、最後に棺を手にしたセツナに目を向ける。
「セツナ……」
「わかってます」
自分の役割を理解しているセツナは、音を立てないように部屋の隅へと移動して気配を消す。
「……ほぅ」
そこにいるはずなのに、まるで消えてしまったかのように存在を感じられなくなったことにカタリナは思わず感嘆の声を漏らすが、すぐさま気を取り直してこちらに向かって駆けてくるゴブリンを睨む。
「よし、行くぞ。お前たち、敵を残らず蹂躙せよ!」
「はい!」
「ハッ、ゴブリン如き、物の数ではないわ!」
「フフフ、いくわよ~」
カタリナの叫び声に、パーティメンバーたちもそれぞれのかけ声を上げながら続く。
最初に接敵するのは鮮血の戦乙女のギルドマスターであるカタリナだった。
「フッ、お姉さんが遊んでやろう」
唇の端を吊り上げて薄く笑ったカタリナは、まるで踊るようにくるりと優雅に回ると、突っ込んで来た三匹のゴブリンの間を風の様に駆け抜ける。
「ゲッ!」
「ギャッ!?」
「グゴゲッ!!?」
次の瞬間、三匹のゴブリンの上半身が破砕音と共に爆発四散し、周囲に血と脳症を撒き散らす。
ゴブリンたちの紫色の雨の中、再びくるりと優雅に回ったカタリナは、敵に背中を向けて後に続くアウラへと目を向ける。
「ほら新人、お姉さんにいいところ見せろよ」
「はい、参ります」
真っ白な神官服をたなびかせてカタリナの脇を察そうと駆け抜けたアウラは、両手に嵌めた鉄製の手甲で顎の下をガードするように構えながら前へと進み出る。
「グギャアアアアアオオオォォ!!」
いきなり仲間を三匹殺されたゴブリンであったが、戦意は全く衰えておらず、むしろ仲間を殺されたことに逆上して汚い唾を撒き散らしながら、手にした半ばで折れた剣をアウラに向かって振り下ろす。
自分に迫る凶刃を、アウラはギリギリまで見定め、
「……フッ」
小さく息を吐いて最小限の動きで回避してみせる。
瞬間、桃色の髪の毛が数本舞うが、それだけの被害で済ませてみせたアウラは、上半身を左右に揺らしながらゴブリンへと迫り、素早く左手のジャブを繰り出す。
「アピャッ!」
アウラのジャブを喰らったゴブリンの右目が爆ぜ、血が飛び散るが彼女はその血すらも回避して続いてやって来るゴブリンへと向かう。
「シッ! シッ! シッ!」
アウラが短く息を吐きながら目にも止まらぬ速さのパンチを繰り出すと、その度にゴブリンの身体が爆ぜ、次々と絶命していく。
「ちょっと、私にも獲物を残しておいてよ」
アウラの予想を超える活躍に、アイギスは半ば呆れながらも立ち止まると、足に力を籠めて後輩に後れを取るまいと腰から小剣、レイピアを抜いて構える。
「ゴブリン如きが……」
弓を引き絞るよう、体を丸めて小さくしたアイギスは、
「私を止められると思わないことねっ!」
叫び声を上げると同時に、足に溜めていた力を一気に爆発させてアウラを一気に追い抜く。
紅い一陣の風となってアイギスが駆け抜けると、後から遅れて突風が発生して彼女が駆け抜けた場所にいた六匹のゴブリンたちが血飛沫を上げながら弾け飛ぶ。
「どうよっ!」
残っていたゴブリンたちを一瞬で倒したアイギスは、呆然と立ち尽くすアウラに向かって二カッ、と笑ってみせながらVサインをする。
「アウラ見た? これが私の実力よ!」
「はい、凄いです。アイギスさん」
「当然よ……まあ、アウラも初めてにしてはよくやったわ」
アウラからの賞賛の言葉に、アイギスは気を良くしたように笑うと、懐から真っ白なレースのついたハンカチを取り出してアウラの頬に着いた返り血を拭ってやる。
「わぷっ、ア、アイギスさん悪いですよ。そんな良いハンカチが汚れてしまいます」
「いいのよ、ハンカチなんて汚れるものだから。それに、血で汚れているのはアウラぐらいのものよ」
「えっ……」
そう言われてアウラは、アイギスもカタリナもゴブリンからの返り血を全く浴びていないことに気付く。
「凄い、お二人共、とっても綺麗ですね」
「フフン、そうよ。アウラも鮮血の戦乙女の一員としてやっていくなら、これぐらいはできるようにならないとダメよ」
「はい、精進します」
アウラが素直に頷くのを見たアイギスは、ハンカチをしまいながらカタリナへと向き直る。
「カタリナさん、ゴブリンの掃討完了しました」
「ああ、そのようだな」
周囲に残存勢力がいないのを確認したカタリナは、剣を鞘にしまいながら呆れたようにアイギスに話しかける。
「アイギス、新人にいいところを見せたい気持ちはわかるが、獲物の一人占めは感心しないな」
「えっ?あっ……」
そう言われてもう一人の同僚のこと思い出したアイギスは、恐る恐るミリアムの方へと向き直る。
「ヒッ……」
杖を構えたままのミリアムは笑顔のままだったが、何かを感じ取ったアイギスは、彼女に向かって手を合わせて謝罪の言葉を口にする。
「ご、ごめんなさい。ミリアムのこと忘れてました」
「フフフ、いいのよ~」
ミリアムは頬に当てたまま双眸を細めると、
「コイル亭のリーフパイ」
笑顔のまま行きつけの店のメニューをアイギスに向かって言い放つ。
「オリーブの酢漬け」
「はい……」
「エール飲み放題も?」
「謹んで奢らせていただきます」
アイギスが平伏して食事をおごる旨を伝えると、ミリアムは満足そうに「仕方ないわね」と言って態度を温和なものに戻した。