本物の女の子、ファーストおパンツ
伝説の賢者『黄昏の君』が全てを遺したと言われるダンジョンがある街、オフィールには我こそが黄昏の君の遺産を手に入れるという、野心に満ちた新規の冒険者たちが毎日のように押し寄せていた。
「ここがダンジョンで栄えた街、オフィールか……」
野心で目をギラギラさせている数多くの新米冒険者の中に、かつて山奥の村で「おっぱいが揉みたい」と発言していたセツナの姿もあった。
「えっと……まずは冒険者になるための面接を受けるのだったかな?」
街の入口で門番から渡された案内板に目を通しながら、セツナは面接会場の場所を探す。
そうして首を巡らせたセツナは、
「あっ……」
視線の先にいた新米冒険者たちを見て思わず声を上げる。
「ほ、本物の……女の人だ」
他の人の邪魔にならないように、通路の端で緊張した面持ちで案内板へと目を落としているのは、セツナと同年代と思われる女の子だった。
しかも見渡せば、女の子は一人だけではなかった。
(す、凄い、若い女の人がこんなに……)
山奥の過疎化が進んだ村の出身で、村にいる異性といえば母親や祖母といった年代の女性しかおらず、同世代の女性を見るのが初めてでも過言ではないセツナにとって、何処を見てもうら若き女性が映る光景はとても新鮮なものだった。
(わわっ、あの人めちゃくちゃ胸が大きい……あっ、あっちの子はお尻の形が綺麗だな)
セツナは次々と通り過ぎる人物(主に女性たち)を子供の時から変わらない眠たそうな三白眼で無遠慮に眺めながら歩いていた。
ダンジョンを中心に栄えていったオフィールは、世界中から人々が集まっているだけあり、様々な様式の建物が並ぶ賑やかな街並が広がっている。
オフィールは見るだけでも十二分に楽しめる街なのだが、珍しい建物には目もくれず、セツナはひたすら通り過ぎる女性たちが見えなくなるまで見つめ続ける。
だが、当然ながらそんな注意散漫な状態で歩き続けていれば……、
「あいたっ!?」
「きゃっ!?」
曲がり角から飛び出してくる人に反応できるはずもなく、セツナは見知らぬ誰かと正面衝突して尻餅を付く。
「あたた……」
完全に不注意だったと反省したセツナは、痛む尻を擦りながらぶつかってしまった人に謝ろうと思い、顔を上げ……、
「はうっ!?」
驚きに目を見開き、そのままの姿勢で固まる。
「……ったく、何処のどいつよ。ちゃんと前見て歩きなさいよね」
ブツブツと文句を言いながら尻餅を付いているのは、セツナと同じ年頃の十代の女の子だった。
燃えるように赤く、長い髪を持つ強気そうな顔立ちの女の子は、いかにも田舎者丸出しの何の飾り気のない格好をしたセツナとは違い、きめ細かな刺繍の入った髪の色と同じ赤いチュニックに、規則正しい折り目のついた白のプリーツスカートを履いていた。
足元にはどんな悪路でも踏破できそうな編み上げのブーツを履いており、倒れた衝撃で開いているすらりと伸びるシミ一つない白い足を辿った先には、普段は絶対に見ることができない領域がチラリと覗いていた。
「おパッ!?」
「――っ!?」
突如響いたセツナの奇声に、女の子は我に返って咄素早く足を閉じると、口をパクパクさせている不届き者を猫を思わせる切れ長の吊り目で睨む。
「…………見たわね?」
「み、みみ、見てない!」
咎めるような問いかけに、セツナはブンブン、と音が鳴るほど激しく首を振って否定する。
だが、そんな見え見えの嘘が通じるはずがないと、女の子は足をしっかり閉じてその場に正座してセツナへと詰め寄る。
「嘘! 絶対見たわよ! だってさっき、おパッて言ったでしょ!? あれ、おパンツって言おうとしたんでしょ!?」
「ち、違っ……」
近い年頃の女の子との初めての会話に、セツナは緊張で心臓が張り裂けそうだと思いながら必死に言葉を紡ぐ。
「ち、違う……あれは、別の言葉を言おうとして……」
「へえ、じゃあ何て言うつもりだったの?」
「そ、それは……」
女の子の言う通り、正に「おパンツ」と言うつもりだったセツナは、視線を右往左往させながら「おパ」に続く言葉を探す。
そうして、出てきた言葉は、
「……おっぱい」
「はぁ?」
「そ、そそ……そう、おっぱいって言おうとしたんだ! そう、僕は君のおっぱいを見てたんだ」
「な、なな……」
セツナの苦しい言い訳を聞いた女の子は、わなわなと唇を震わせながら顔を真っ赤にさせると、
「お、おお、お前も私のおっぱいが小さいと言うのか!」
「あがっ!?」
座ったままノーモーションで右手を振り抜き、セツナの顎に見事なアッパーカットを決める。
拳を振り抜いた怒りで顔を真っ赤にしている女の子の胸は、年頃の少女と比べると些か控え目であった。
「男なんてどいつもこいつも……そんなに胸のデカい女が好きなのか!?」
一発殴っただけではまだ足りないのか、女の子は後ろに倒れるセツナの胸ぐらを掴むと、再び拳を振り上げる。
すると、
「こら、アイギス」
謳うような穏やかな声が響き、アイギスと呼んだ女の子の腕を掴んで止める。
「フラれた腹いせに、たまたまぶつかった子相手に暴力振るうのはダメよ」
そう言って現れたのは、巨大な紙袋を胸に抱えたアイギスより一回り大きい、既に成人していると思われる女性だった。
「ええい、放して!」
勢いよく振り返ったアイギスは、すぐ背後に現れた女性に向かって犬歯を剥き出しにして「ガルル……」と威嚇するような唸り声を上げて睨む。
「何でも持っているエルフのミリアム様には、あたしの気持ちはわからないよ!」
そう言ってアイギスが睨む女性、ミリアムには普通の人とは違う特徴があった。
まず目に付くのは、エルフの証であるただの人より長く、三角形に尖った耳であった。
そしてエルフという種族は、男女問わず総じて眉目秀麗という特徴がる。
陽光を受けてもいないのにキラキラと光る金髪、まるで吸い込まれそうな大きな翡翠色の瞳に女性なら誰もが羨むほどの長いまつ毛、真っ直ぐ通った鼻筋に桜色の唇も大き過ぎず、また小さ過ぎず男なら思わず奪いたくなるほど魅力的であった。
そして、全身をゆったりとした萌黄色のドレスに身を包んでいるにも拘らず、体を動かす度にたゆん、と揺れる自己主張の激しい二つの双丘があった。
腕を振り解こうとする度にアイギスの目の前で二つの双丘がぷるん、たゆんと揺れる度に彼女の顔が不機嫌なものへと変わっていく。
「あらあら、これは重症ね」
怒り心頭のアイギスを見てミリアムは苦笑を漏らすと、彼女の後ろでジッとこちらを見ているセツナに話しかける。
「ねえ、そこの君……ウチのギルドの子がごめんね」
アイギスに盛大に顎を撃ち抜かれるのを見たミリアムは、まだ「ブーブー」文句を言っている少女へと手に持っていた紙袋を押し付け、セツナへと手を伸ばす。
「本当ならお金を取るところなんだけど……今回は特別に回復魔法をかけてあげるから」
そうしてセツナの患部へと手を伸ばしたところで、
「……あら?」
ある事実に気付いたミリアムが不思議そうに首を傾げる。
「あなた、確かにアイギスに殴られたはずなのに……ダメージを受けてないわね」
ミリアムの目には、綺麗にアッパーカットが決まったと思ったのに、セツナの顎には殴られた痕が見えなかった。
「う~ん、どういうことだろう……ちょっといいかな?」
不思議に思ったミリアムが患部を診せてもらおうと手を伸ばす。
「――っ!?」
だが、彼女の手が触れる直前、セツナは弾けるように一瞬にして距離を取ると、
「す、すみませんでしたあああああああああああぁぁぁ!!」
謝罪の言葉を口にして、盛大に砂煙を上げながらその場から脱兎の如く逃げ出した。