死と隣り合わせの生活圏
玄室は主に棺を納める墓室としての役目があるが、ダンジョンにおいては要所にある小部屋のことを指すことの方が多い。
玄室にはかなりの確率で魔物との遭遇があったりするのだが、同時に宝箱などのわかりやすい報酬があったりとそれなりに旨味があるので、冒険者たちはダンジョンに潜ったらまずは玄室を目指すことになっている。
しかし、誰かが一度探索した玄室を再び目指す意味などあるのだろうか?
そう思うかもしれないが、ダンジョンの玄室には一定時間毎に中身が一新され、再び宝箱が現れるのだ。
同時に魔物も再び出現するのだが、冒険者たちは多少の危険を冒してでも報酬取りに行くのが当然で、この玄室のリセットがあるからこそ、冒険者たちは数少ない報酬を巡って互いに争う必要がないのであった。
「かといってこうやって死んでしまっては、意味ないんだがな」
そう言って呆れたように笑うカタリナの足元には、冒険者だったものの残骸が転がっていた。
魔物に襲われて死んだと思われる冒険者の死体は、食い散らかされたように身体のあちこちが欠けて骨が剥き出しになり、首から上は穴の開いた頭蓋骨しか残されてなかった。
「さあ、セツナ。仕事の時間だ」
「はい」
ズルズルと棺を引き摺って死体の傍まで歩いたセツナは、臭い対策のために口と鼻を布で覆うと、手袋をして冒険者だったものの残骸を集めて棺へと入れていく。
「……ん?」
冒険者の物と思われる血濡れのポーチを見つけたセツナは、躊躇いなく拾ってカタリナへ質問する。
「あの……これも回収するのですか?」
「そうだ。そいつが再び冒険者として戻った時、荷物がなかったら困るだろう」
「なるほど」
カタリナの言う通りだと思ったセツナは、ポーチの他にも血濡れの装備や、何やらよくわからない汚れが付いて使い物になるかどうかわからない道具類も入れていく。
「あ、あの、セツナ君……」
黙々と作業を続けるセツナを見ていたアウラが、切羽詰まった表情で話しかける。
「その……私も回収作業、手伝います」
「駄目だ」
勇気を出して告げられたアウラの提案を、カタリナがすぐさま否定する。
「これはセツナの仕事だ。外部の人間が軽々しく手伝うとか言うな」
「で、ですが……」
「別に悪意があって止めているのではない」
泣きそうになっているアウラへと手を伸ばし、心配するなと肩を叩きながらカタリナは手伝ってはいけない理由を話す。
「この死体が我々のギルドの者なら問題ない。だが、他のギルドの人間が手伝った結果、後で荷物が紛失していることがわかったら?」
「まさか、私は人の落し物を盗むなんてことしませんよ!?」
「アウラはそうかもしれない。だが、余計な誤解を生まないようにするのは必要な処置なのだよ」
「うぅ……」
カタリナの言うことは理解できるが、それでもセツナ一人だけに汚い仕事をさせることを良しとしないのか、アウラは歯痒そうに何度も手を伸ばしかける。
「あ、あの……大丈夫です」
気が気でない様子のアウラに、死体の殆どを回収したセツナが前を向いたまま小さな声で呟く。
「これは僕の仕事ですから……その代わり、僕は戦闘には参加しませんから」
「そう……」
アウラは静かに頷くと、セツナに向かって笑顔を見せる。
「わかった。じゃあ、私が戦闘でピンチになっても、セツナ君は助けなくていいからね」
「うぅ、あっ、その……」
「約束ね?」
「はい……」
アウラの迫力に思わず頷いてしまうセツナであったが、内心では彼女に機先を制されてしまってしまったと思う。
アウラの実力は、彼女が回復魔法を使える神官職ということもあって、自己紹介では前衛もできると言っていたが、それでも戦うことにはあまり向いていないと見立てている。
何よりこれまでは人間相手に訓練をしてきただろうから、醜悪で卑劣な魔物相手に同じように立ち回るのは非常に難しい。
さらにダンジョンの暗さと不気味さも相まって、正常な精神状態を保つのも難しい状況で、実力を十二分に発揮するのは困難だと思っていた。
だから、例えアウラに嫌われようとも、彼女の身に危険が迫ったら躊躇なく助けよう。
「……うん」
今後の方針を決めながら、セツナはあらかた死体の回収を終えて立ち上がる。
最後に嵌めていた手袋と口鼻を覆っていた布を外し、棺の蓋を閉めたセツナは、静かに動向を見守ってくれたカタリナに向き直る。
「終わりました」
「ああ、問題なく最後までやり遂げたな」
周囲を見渡して何も残されていないことを確認したカタリナは、満足そうに頷いて笑顔を見せる。
「それにしてもセツナ、死体を前にしても全く動じなかったな」
「ええ、まあ……初めてではないので」
セツナは棺をチラと見てから薄く笑うと、平然と死体回収をした理由を話す。
「実は僕の故郷は山奥でして……探索しているとそれなりに人の死体と出会うんです」
熊や狼といった凶暴な野生動物は当然として、魔物もいれば山賊などの人に襲われることもある。他には自殺したか、それとも単に遭難したのか……考えられる理由は千差万別だが、セツナの故郷では山の中で死体に会うことは決して珍しいことではなかった。
「死体を見つけたら、僕たちは弔う代わりに死体が身に付けていた物やお金を頂くんです。場合によってはお駄賃がもらえるので……」
「そうか、凄いところに住んでいたのだな」
カタリナは納得したように何度も頷くと、腰に吊るした片手剣に手をかけて玄室の入口へと目を向ける。
「さて、それじゃあ今度は我々の出番かな?」
「えっ?」
「何だ。それだけ鋭い嗅覚を持っているのに気付かないのか?」
唖然と見上げるセツナにウインクをしてみせたカタリナは、抜刀して獰猛に笑う。
「お前たち、武器を構えろ。お客さんが現れたぞ」
カタリナが宣言すると同時に、玄室の入口にいくつもの影が現れた。