仄暗い室内へ
それから一同は、カタリナを先頭にダンジョンの一階層へと足を踏み入れる。
入った通路は暫く一本道だったが、程なくして左右への分かれ道が現れ、その後は右へ左へと折れ曲がる通路が続く。
薄暗い不気味な通路を歩いていると、何処からか何かが激しくぶつかる音や得体の知れない不快な音、生暖かい風と共に謎の悪臭いが漂ってきたりと、地上とは明らかに違う雰囲気に一同の口数は自然と少なくなる。
「ふぅ……」
息苦しさを感じるほどではないが、それでも初めて潜るダンジョンの雰囲気に呑まれないように大きく息を吐いたセツナは、リードから受け取った地図を開いて現在地を確認する。
すると、
「セツナ君、大丈夫?」
「……えっ? あ、は、はい、大丈夫です!」
突然アウラから声をかけられ、セツナはあたふたと目に見えて狼狽えだす。
「フフフ、セツナ君って本当に面白いね」
セツナの百面相を見て口に手を当ててクスクスと笑ったアウラは、気になっていたことを彼に尋ねる。
「ねえ、セツナ君ってどうしてそんなに落ち着いているの? もしかして、ダンジョンは初めてじゃないの?」
「う、ううん、初めて……です」
話を振られたセツナは、小さくかぶりと振ると懐からフェンリルの牙を取り出す。
「でも、僕にはこれがあるから」
「何、それ? 何か動物の牙みたい」
「うん……こ、これは持ってるだけで魔物には襲われない特別なお守りなんだ」
「ええっ!?」
魔物に襲われないという一言に、アウラは驚いたように目を見開く。
「セツナ君、そんな凄いお守り、何処で手に入れたの?」
「上のカウンターで……教会の犬の仕事に就く人には、もれなく貰えるんだって」
「へえぇ、いいな……」
「よくはないわよ」
アウラの呟きに、今日は後衛となって新人たちの面倒を見ることになったアイギスが話しかけてくる。
「そのお守り、一見すると強力そうだけど通じるのは低階層だけ、しかも穴だらけで完璧な安全は保障できないわ」
「そ、そうなんですか?」
「そうよ。というわけだからセツナ、調子に乗ってすぐに死んだら許さないからね」
「は、はい……」
あれだけ嫌っていたのだから、てっきり「死ね」と言われると思っていたのに、まさかの優しい言葉をかけられてセツナは大きく目を見開く。
「……何よ」
すると、セツナの視線に気付いたアイギスが三白眼で彼のことを睨む。
「ダンジョン内では、そいつがどんだけ嫌いな男であっても……あんたみたいな変態でも優しくするべきものよ」
「そ、そうなんですか?」
「そうよ。下手に恨みを買って、いきなり後ろから刺されたりして大変でしょ」
「な、なるほど……」
身もふたもない言い方ではあったが、アイギスの言うことは尤もだとセツナは納得する。
閉鎖空間であるダンジョンでは、そこで何が起きても当人の自己責任になる。
特にセツナはこれからソロで活動することが多くなるだろうから、アイギスの助言は肝に銘じておこうと強く思った。
「お前たち、お喋りもいいがそろそろ集中しろ」
セツナたちの話が一段落ついたところで、先頭を歩くカタリナから声が飛んでくる。
「そろそろ死体の回収ポイントだ。セツナ、詳しい場所はわかるか?」
「えっ? あっ、は、はい……」
セツナはクエスト内容が書かれた紙片を取り出すと、死体の情報が書かれた場所を地図と照らし合わせながら話す。
「この先の十字路を右に曲がって、しばらく進んだ先の玄室の中です」
「上出来だ。ちゃんと自分の位置を確認しながら進んでいたな」
カタリナはミリアムに目配せをして周囲の状況を確認すると、表情を引き締めて全員の顔を見渡す。
「各々、自分の装備を確認しろ。ここから先は無用なおしゃべりも禁止だ」
これまでにないカタリナの真面目な雰囲気に、セツナとアウラも表情を引き締めて小さく頷く。
それを見たカタリナは口には出さず動きだけで「いい子だ」と言うと、身振りで付いて来るように指示を出し、一行も遅れにないように後に続いた。
暫くしてセツナの言葉通り十字路が現れ、右手に折れて先に進むと程なくして玄室が現れる。
石の扉で封じられた玄室の扉の前に立ったカタリナは、扉に耳を当てて部屋の中の音を確認する。
「……ふむ、物音はなし、か」
扉の裏に敵が待ち伏せしていないことを確認したカタリナは、石の扉を少しだけ開けて手鏡をそっと中に差し込む。
「敵の姿も……ないな」
室内の状況を簡単に確認したカタリナは、一先ずの脅威はなくなったと無遠慮に扉を開けると、ズカズカと中へと入って行く。
「ふむ、死体は何処だ?」
通路は一定間隔で魔法の松明が設置されているので、十分な視覚が確保されているのだが、玄室内部にはこれといった光源はなく、数メートル先も見渡せない状況だった。
すると、
「あそこです」
後ろからやって来たセツナが、顔を覗かせて自分の右斜め前を指差す。
「あの右奥の隅に死体と思われる塊があります」
「……見えるのか?」
「は、はい、流石に顔までは認識できませんが」
「ほう……」
セツナのことを興味深そうに双眸を細めて見つめたカタリナは、背後のミリアムに向かって指示を出す。
「ミリアム、セツナが言った場所に灯りの魔法を」
「は~い、もし何もなかったらセツナ君から罰金をもらうからね」
「……えっ?」
サラッととんでもないことを一方的にセツナに告げたミリアムは、彼にウインクを一つして虚空に手を掲げる。
「彼方此方を揺蕩う光の子等よ。我が呼びかけに応え給え」
小さく呪文を唱えながらミリアムが空中に印を結ぶと、虚空から光が次々と生まれ、彼女の手に集まって一つの光の玉となる。
あっという間に人の頭ほどの大きさになった光の玉をミリアムが宙に放ると、ふよふよと漂いながら周囲を照らし出す。
「フフフ、いい子ね。それじゃあ、お願いできるかな?」
ミリアムが光の玉に向かって褒めるように語りかけると、漂う塊はまるで意志を持っているかのように明滅を繰り返し、彼女が指差す方向へと飛んでいく。
魔法の発動を確認したカタリナは、
「よし、それじゃあ周囲への警戒を密にしながら死体の回収を行うぞ」
そう言うと、腰に付けたカンテラに火をともして玄室の中へと入って行った。