新人がダンジョンで死ぬタイミングって?
不本意ながら集団の先頭に躍り出たセツナは、深淵へと続くような長い螺旋階段を一気に駆け下りた。
「ふぅ……」
カタリナは途中で追うことを諦めたのか、一人先に階下に降りたセツナは、首を巡らせて周囲の様子を見やる。
上を見上げれば呆れるほど高い天井と、自分が下りてきた螺旋階段を包む煙突のような円柱があるだけの、他には何もないだだっ広い空間だった。
「どうだ。呆れるほど広いだろ」
呆然と立ち尽くすセツナの横に並んだカタリナは、螺旋階段を囲む円柱を指差しながら話す。
「その棺は普段は柱の裏にあるから、今後はそこから持っていくといい」
「は、はい……」
まだ尻を見ろと言われるのでは? と思っているセツナは、カタリナを少しだけ警戒しながら階段の裏手へと回る。
「あっ……」
そこにはカタリナの言う通り、螺旋階段を包む柱にいくつもの棺が立てかけてあった。
さらにおせっかいな人間が用意したのか、棺の横に看板が立てられており『棺は仲間が責任を持って元に戻すように』と書かれていた。
その文言に引っ掛かりを覚えたセツナは、ゆったりとした足取りでやって来たカタリナに尋ねる。
「あ、あの……この仲間が戻せっていうのは?」
「ああ、棺は基本的に中に入っていた者の仲間、もしくはギルドメンバーが元に戻すことになっているのだ。だからセツナは棺を戻すことは考えなくていい」
「そう……なのですか?」
いくら重さを感じないといっても、地上からここまで棺を持ってきて再び階段を登ることを考えると憂鬱な気分になってくるので、無駄な往復をしないで済むのはありがたいとセツナは思う。
「で、ですが、どうして対象が仲間とギルドメンバーで……」
「棺の中に入っていた本人は含まれないのか、か?」
先んじて発せられたカタリナの言葉に、セツナは静かに頷く。
ダンジョンでは『黄昏の君』によってかけられた魔法の影響で、死んでも死体の回収さえできれば教会で生き返ることができる。
何度も死者蘇生を繰り返すと、稀に失敗して灰になってしまうようだが、最初の一回はほぼ確実に生き返るとのことなので、助けられた本人が棺を戻しても問題ないのではないだろうか?
セツナのそう思っての疑問だったが、
「まあ、それは……あれだな」
これまで何でもズバッ、と回答してきたカタリナが表情を曇らせて言い淀む。
「…………」
何だろうと頭に疑問符を浮かべてカタリナを見るセツナに、彼女は何度か口を開きかけては閉じを繰り返し、やがて小さくかぶりを振る。
「いや、よそう。私の口から言わなくとも、すぐに理解するだろうさ」
「えっ?」
「リードの見立てだ。間違いないだろうさ」
何が間違いないのかと思うが、カタリナはそれ以上は話すつもりはないようなので、セツナは自分の目で確かめてみようと思った。
セツナが必要以上に怯えていたからか、暫くカタリナと何も喋らない気まずい時間があったが、ほどなくしてアウラたち三人が姿を見せる。
「よし、全員揃ったな」
一列に並んだ三人の女性と、少し離れた位置で立つセツナを前にしたカタリナは、全員の顔を見渡してから話を切り出す。
「今日はアウラ、そしてセツナのための初心者講座、謂わばチュートリアルだ。二人共、今日でダンジョンがどういうものか体で理解しろ。いいな?」
「はい!」
「わ、わかりました」
カタリナの有無を言わせない迫力に、アウラは思わず背筋を伸ばして、セツナも目を大きく見開いて頷いてみせる。
新人たちの素直な態度にカタリナは満足そうに頷くと、アイギスたちへと目を向けて今回の目的を話す。
「本日の目的は単純だ。死体の回収をして戦闘を一度行ったらすぐに戻る、いいな?」
クエスト内容を改めて確認するような問いかけに、アイギスとミリアムは異論なく揃って頷く。
「えっ?」
アイギスたちとは対照的に、作戦を聞いて小さく声を上げたアウラが手を上げながら質問する。
「あ、あの……たった一回しか戦わないんですか?」
「ちょっと、アウラ!」
「アイギス、構わない」
ギルドマスターの決定に口を挟むアイギスを手で制しながら、カタリナがアウラに微笑を向ける。
「アウラ、君は中々に好戦的だな」
「そう……でしょうか?」
「そうさ、だが新人に関していえばそれは頼もしさではなく、蛮勇というものだ」
そう言ってカタリナは、一度の戦闘で撤退する理由を話す。
「一度しか戦闘しない理由は簡単だ。それはアウラ、お前の実力がわからないからだ」
「えっ? で、ですが、面接の時に私、カタリナさんと……」
「それは関係ない」
どうやら面接の時にアウラと一戦交えた様子のカタリナは、実力を疑うのかと憤る少女を諫めるように「チッチッ」と眼前で指を左右に振る。
「ではアウラ、ここで一つ問題だ。ダンジョン内で最も死亡者が出るタイミングは?」
「えっ? そ、そうですね……」
突然の質問に、アウラは視線を彷徨わせながら解答する。
「一番はやはり自分の実力を過信して調子に乗った時かと……後は、不意を打たれた時とか、物資が枯渇した時とか、後は……」
「……アウラ」
最も、と言われたにもかかわらず、次々と可能性を上げていくアウラに、カタリナは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえてかぶりを振る。
「うすうす気づいていたがお前、大概脳筋だな」
「え、ええっ!?」
いきなり散々な評価を下され驚愕の表情を浮かべるアウラを無視して、カタリナは離れた場所で佇むセツナへと視線を向ける。
「そこでアウラに呆れているセツナ、お前はわかっていそうだから答えろ」
「あ、呆れてなんかいませんよ」
アウラの悲しそうな視線に気付いたセツナは、必死に首を横に振って呆れていたことを否定してからカタリナの質問に答える。
「えっと……答えは、よく知らない人間と一緒にダンジョンに入った時です」
「そうだ。よくわかってるじゃないか」
セツナの解答に大きく頷いたカタリナは、不満そうな様子のアウラに諭すように説明する。
「そういうわけだ。別にアウラの実力を疑っているわけではない。ただ、お前がまともかどうかは、一緒にダンジョンに潜るまでわからんからな」
「わ、私はまともですよ。キチンとした教育も受けています」
「それは知っている。アウラの出自も含めて信用しているさ」
憤慨するアウラに、カタリナは肩を竦めて苦笑する。
「まあ、ダンジョンというのは文字通り、魔物が棲んでいてな……といっても、異形の化物のことではないぞ?」
カタリナが言う魔物とは、人の心を蝕む恐怖という魔物だ。
その魔物に囚われた冒険者は恐慌状態に陥り、逃げ出すだけならともかく、周囲に不安を与え、酷い場合は敵味方の見境がつかなくなって誰彼構わず襲いかかることがあるという。
「アウラがそうなると決まった訳ではないが、私たちも背中を預ける者がどういう奴かは知っておきたいということだ」
「……わかりました」
ようやくカタリナの言いたいことが理解できたのか、アウラは笑顔を見せて力強く頷く。
「それでは皆さんの信頼を勝ち取るため、私の実力を皆さんにお見せしますね」
そう言ってアウラは気合を入れるためにグルグルと腕を回すと、アイギスとミリアムを促してダンジョン内へと進んでいく。
「やれやれ、本当にわかっているのかね……」
気合十分のアウラを見てカタリナは小さく嘆息すると、対照的に落ち着いた様子のセツナに話しかける。
「セツナ、お前は全く変わらないな」
「はい、そのように訓練してきましたので」
「……そのようだな」
セツナの方は全く問題ないと判断したカタリナは薄く笑うと、飄々とした彼と並んで先を行く少女たちの後を追いかけるようにダンジョンへと入っていった。