お姉さまは美尻に自信がアリ
カタリナを先頭にギルド、鮮血の戦乙女が続き、その後ろをセツナが続く。
ダンジョン内へと続く階段はグルグルと降りる螺旋階段となっており、幅は女性たち四人が横並びしてもまだ余裕があるほど広く、踏みしめる床の石はどれもが同じ大きさで、隙間なくびっしりと埋められていた。
階段の脇にあるスロープも、まるで棺を運ぶために作られたかのように幅、角度が調整されており、セツナは前を行く四人の女性たちに遅れることなく進むことができた。
しかもこの棺、魔法で摩擦力がゼロになっているという話なのに、どういう理屈か斜面で手を放しても勝手に滑り落ちることなく、セツナが引いた分だけ動くので、万が一の事故が起きる心配もない。
壁には一定間隔おきに燭台が設けられており、十分な長さのロウソクは、セツナたちが通っても全く揺れることなく、煌々と辺りを照らしていた。
これだけでもダンジョンがいかに特異な場所であるかを伺え、初めて降りるアウラは『黄昏の君』が遺した摩訶不思議な空間に、目を輝かせて興味深そうに観察していた。
だが、セツナはそんなダンジョンの不思議さには目もくれず、視線はある一点へと注がれていた。
「…………」
ゆらゆらと瞳を揺らして見る先は、パーティの先頭を歩く鮮血の戦乙女のギルドマスター、カタリナの背中……ではなくお尻だった。
片当てや肘、腰当てといった部位にやたらと刺々しい装飾が施された鎧を着ているカタリナであったが、どういうわけか腹部や背中、そして臀部といった一部はまるで見せつけるかのように露出していた。
「すご……」
カタリナが歩く度に下着のような薄布一枚で隠された形のいいヒップがふりふりと揺れるので、セツナの視線は自然と吸い込まれていた。
すると、
「私のお尻が気になるかね?」
「――っ!?」
前を向いたままのカタリナがよく通る声で発した声に、セツナは慌てて彼女の臀部から視線を逸らす。
だが、時すでに遅く、前を行く女性陣の冷たい視線がセツナへと突き刺さる。
「……見てないです」
「セツナ!」
いつも通り惚けるセツナに、肩を怒らせたアイギスが盛大に足音を立てて階段を登って詰め寄る。
「あんた、こんな時に……」
「み、みみ、見てないです」
「あのねぇ……」
顔中から脂汗を流して否定するセツナに、アイギスは呆れたような顔で振り返る。
「カタリナさん、このバカ! こんなこと言ってますけど……」
「ハッハッハ、実に面白いではないか!」
アイギスからの訴えにカタリナは嫌な顔をすることなく、むしろ豪快に笑い飛ばす。
「どれ」
カタリナは軽やかにステップを踏んだかと思うと、一瞬にしてセツナの背後へと回る。
「……えっ?」
いきなり背後に回られ、驚きの声を上げるセツナの尻をカタリナは容赦なく掴む。
「んぎゃっ!?」
「ほほう、これはこれは……少年、お前中々に良い尻をしているな」
「あっ……あっ、や、やめ……」
セツナは首を横に振りながら逃れようとするが、カタリナはがっちりと腕をホールドして尚も、もにゅもにゅと彼の尻を揉みしだく。
「フフフ、どうだ? 尻を揉まれるというのも悪くないだろう?」
「わ、わわ、わかりました。わかりましたから……はううぅぅ!」
最後に嬌声にも似た変な顔を上げ、セツナが思わず赤面すると、カタリナはようやく手を放して彼を解放していやる。
「はぁ……はぁ……」
カタリナから解放されたセツナは地面に突っ伏すと、荒い息を吐きながら恨めし気に彼女を睨む。
「う、うう……酷いです」
「ハハハ、自業自得だな」
カタリナはセツナの首根っこを掴んで軽々と起こしてやると、不貞腐れた顔をする彼の頭をぐりぐりと撫でる。
「少年、今のは私の尻を見ていたことへの罰ではない。くだらない嘘を吐いたことの罰だ」
「……すみませんでした」
「うむ、素直なことはいいことだ」
素直に謝罪の言葉を口にしたセツナの頭を、カタリナはぐりぐりと乱暴に撫でる。
「では素直になったついでに、一ついいことを教えてやろう」
カタリナは一歩前へ進み出ると、自分の尻をパチン、と叩いて得意気に笑う。
「私は自分の尻に絶対の自信を持っている。だから尻を見たければ、遠慮なく見るがいい」
「…………」
堂々と告げられたその一言に、セツナは思わず目を見開いてカタリナの臀部へと視線を向けそうになるが、
「……い、嫌です」
プライドがそれを許さず、気合で視線を逸らす。
女性陣たちの視線が気になったというのもあるが、見ろと言われると逆に見たくなくなるのが、思春期の男子の悲しい性であった。
だが、
「……何故だ!?」
そんな男子の気持ちなど知る由もないカタリナは、愕然とした様子でセツナへと詰め寄る。
「この私の鍛え抜かれた完璧な尻なのだぞ!? この芸術的な尻を前に、見ないなど有り得ないだろう。遠慮する必要はない、さあ見るのだ! さあ! さあ!!」
「か、勘弁してください!」
迫りくるカタリナの脇を抜けて、セツナは棺を引っ張りながら螺旋階段を一気に駆け下りていく。
「わっ!?」
「はっや……」
ほぼ、全力で駆けていくセツナの速さに、アウラたちは一様に驚いてみせるが、
「待て! まだ話は終わってないぞ!」
ただ一人、セツナが嫌がる理由がわかっていないカタリナは、彼に負けないほどの速度で螺旋階段を下りていった。
「少年! 何をそんなに嫌がるのだ! やはり、おっぱいでないとダメなのか!」
「ヒ、ヒイイイイイイイィィィ!」
情けない声を上げながらカタリナから逃げるセツナは、心の中である決心をしていた。
これから先、カタリナには余計な真似は一切しないでおこう、と。
思い描いていた女の子像と余りにもかけ離れたカタリナという存在は、セツナにとっては身に余る存在であった。