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ダンジョンは犬に優しい親切設計

 ダンジョンの入口は、クエストカウンターの奥にある扉を抜けた先にあった。


 セツナのことを知っているのか、扉の前に立っていたギルド職員は彼の顔を見て明らかに警戒するような素振りをみせたが、リードから渡された紙片をみせると、渋々ながら道を譲る。

 ギルド職員はすれ違い様に明らかに侮蔑の視線を送ってくるが、セツナは全く意に介していなかった。


 それは、ギルド職員が男だったからだ。


 セツナにとって男……それも仕事でもプライベートでも関わりのない人からどう思われようとも、心の底からどうでもいいと思っていた。


「…………」


 地面に転がっている路傍の石程度の認識で、セツナはギルド職員を無視して扉を向け、薄暗い通路を抜ける。


 通路の先は円形のコロッセオの中央、普通なら剣闘士たちが命を賭けて戦う闘技場があるはずだが、あるのは石の舞台ではなく地下へと降りる深淵の入口だった。


「セツナ、こっちだ」

「あっ、レオーネ…………さん」


 名前を呼ばれ、すぐさまレオーネの下へと駆け寄ろうとするセツナであったが、その足が二の足を踏む。


 その理由は、レオーネと一緒にいる人物たちにあった。


「レオーネさんが呼んでいるのよ。早く来なさい……まあ、私としては別にこのまま帰ってもいいけどね。その時は教会から出ていってもらうけど」

「も、もう、アイギスさん。そんなんじゃセツナ君が怖がってしまいますよ」


 そこには自分たちより先に出発し、既にダンジョンに入っているはずの教会に住む冒険者たち、ご機嫌斜めな様子のアイギスと何を考えているかわからないミリアム、そして困ったように笑うアウラがいた。



 オロオロと視線を彷徨わせながらセツナがダンジョンの入口近くまで行くと、腕を組んだ怒り顔のアイギスが大声で怒鳴る。


「遅い! どうしてそんなにダラダラ歩いてくるのよ!」

「あっ、その……」

「まあまあ、アイギス。セツナの気持ちを察してやれ」


 アイギスの目を直視できず、顔を伏せてしまったセツナを庇うように立ったレオーネが彼女を宥めながら話す。


「それに今日はアウラもいる。ダンジョンに初めて潜ることを考えたら、犬であるセツナがいることは悪くないだろう?」

「それは……そうですけど」


 お守りのことを知っているのか、アイギスは訝し気な視線を向けながらも渋々といった様子で頷く。


 アイギスがおとなしくなったのを見たレオーネは、背後で小さくなっているセツナに向かって笑いかける。


「というわけでセツナ、今日はカタリナたちのギルド、鮮血の戦乙女ブラッディ・ヴァルキュリアたちと一緒に潜ってくれ」

「ブ、ブラ……」

「ハハハ、物騒な名前だろ? 少なくともセツナにとっては、最も深く付き合うことになるギルドだから仲良くやってくれ」


 ギルドのメンバーと引き合わせたところで自分の仕事はこれまでということなのか、レオーネは「頑張れよ」と一言告げて立ち去っていった。



「あっ……」


 気軽に話せる唯一の人物が去ってしまい、セツナは不安そうにその場に立ち尽くす。

 これからダンジョンに潜るということだが、ここにいる四人で中に潜るのだろうか?


 そう思っていると、


「ねえ……これだけは言っておくわよ」


 立ち尽くすセツナの下へ、アイギスとミリアムの二人がやって来て、険しい顔で捲し立ててくる。


「少しでも怪しい素振りを見せたら、ダンジョンであろうと放っておくから」

「知ってるかもだけど、アウラは特別なの。だから下手に近付いたり、触ったりしようとしたらダメよ?」

「わ、わかりました」


 触るのはともかく、近付くのも駄目なの? とセツナは思ったが、それを言うとミリアムに何を言われるのかわからないので、コクコクとおとなしく頷いて余計なことは言わないでおく。


 アイギスは目に見えて怒っているのでわかりやすくていいのだが、ミリアムは表面上笑っていても裏では何を考えているのが読めないのと、昨夜のおっぱい発言以降、明らかにセツナに対して警戒する素振りが見えた。


 故にセツナは、ミリアムというエルフの人となりがわかるまで、彼女には極力逆らわないでおこうと思っていた。

 年上の二人の女性から距離を取りながらセツナがチラとアウラの方を見ると、彼女は困ったように笑いながら小さく手を振っている。


「あっ……」


 それを見た途端、セツナはアイギスたちによってささくれ立った心が癒され、陽が灯ったように温かくなるのを自覚する。


 セツナはアイギスたちに見つからないように、アウラに小さく手を振り返していると、ダンジョンの中から誰かが出てくる。


「おっ、少年。来たな」


 ダンジョンの中から出てきたのは、昨日の豪奢なドレス姿から打って変わり、赤くて派手な沢山のトゲが付いた禍々しい鎧を身に付けたカタリナだった。


 カタリナの手にはロープが握られており、その先は大人一人がすっぽり入れそうな木製の棺に繋がっていた。


「……よいっしょと」


 ガタゴトと音を立てながら棺を引っ張り出したカタリナは、手にしていたロープをセツナに差し出す。


「ほれ少年、持つんだ」

「あっ、はい」


 いきなりロープを持つように言われたセツナは、手を伸ばしながらカタリナに説明を求める。


「あの、これは?」

「見ての通り棺だ。これに死体を入れるんだ」

「ええっ……」


 ロープを上に引っ張ってみて、棺がビクともしないほどの重量であることに気付いたセツナは、思わず顔をしかめる。


 ダンジョンから死体を持ち帰るのが仕事なのだから、当然ながら死体を入れる道具が必要なのは理解できる。

 だが、こんな重い棺を持ってダンジョンに潜るのは、特に行動面で支障が出そうで嫌だとセツナは考える。


「あの……他に何か別の入れ物はないんですか?」

「ないな、それに心配するな。それは魔法の棺だ」

「魔法?」


 この何の変哲もない木製の棺に一体どんな魔法がと思っていると、カタリナから説明が入る。


「その棺はな、底面に一切の摩擦を除去する魔法がかけられているんだ」

「摩擦を……除去?」

「ああ、少年はさっき重さを確かめようと持ち上げようとしたろ? 次は横に引いてみろ」

「横に……」


 カタリナの指示に従い、セツナはロープを横に引いてみる。


「――っ!?」


 すると、さっきは重くてビクともしなかった棺が、氷の上を滑るようにスーッ、と軽々横に移動したのだ。


「どうだ。凄いだろ」

「は、はい、凄いです」


 素直に感動して棺を何度も左右に振ったセツナは、ふとあることに気付く。


「あの……思ったのですが、この棺を持ってダンジョンに潜るんですよね?」


 横に移動するだけなら問題ない棺も、階段を上り下りするのは一苦労するのではないだろうか?

 そう思っての意見だったが、カタリナはニヤリと笑って顎でダンジョンの入口を示す。


「何、問題ないよ。そこに立って中へ続く道を見てみろ」

「は、はぁ……」


 カタリナの言葉に従ってダンジョンの入口へと立ったセツナは、


「あっ……」


 そこで彼女が言った言葉の意味を理解する。


 ダンジョンへと降りて行く階段の脇には、いかにもこの棺のための通路と謂わんばかりの人一人分のスロープが付いていたのだ。

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