はじめてのお仕事へ
教会を出発したセツナは本日の仕事を受けるため、レオーネと共に冒険者ギルドの総本部であるコロッセオへとやって来た。
昨日とは打って変わり、幾分か静かなコロッセオ前の広場を抜け、いくつもあるアーチ状の入口の一つを抜けるとホールのような巨大な空間が広がっていた。
木製の巨大なカウンターを挟んで手前には、これからダンジョンに潜るであろう冒険者たちが、向こう側では揃いの制服を着たギルド職員たちが忙しなく働いているのが見てとれた。
「四番の番号札をお持ちの方、いらっしゃいませんか?」
「ですから、そう言ったご要望にはお答えできかねます」
「では、こちらにパーティメンバーの記入をお願いします」
「お、おおっ……」
田舎ではまずお目にかかれない活気あふれる光景に、セツナは眩しいものを見るように双眸を細める。
「おい、セツナ。何やってんだ」
そわそわとした様子で冒険者とギルド職員のやり取りを見ているセツナに、カウンターを挟んでギルド職員と何やらやり取りをしていたレオーネが話しかけてくる。
「そこにはお前の居場所はないぞ。こっちに来い」
「あっ、はい……」
暗に華やかな表舞台に居場所はないと告げられ、セツナは一瞬だけ表情を曇らせるが、すぐにかぶりを振ってカウンターの一番端に立つレオーネの下へと駆け寄る。
レオーネの手にはギルドの職員から受け取ったと思われる書面があり、セツナはひらひらと揺れる書面の一番上を覗きながら尋ねる。
「レオーネさん、それが……」
「ああ、お前用の依頼書……つまりはクエストだ。今度からこっちで受注するようにな」
レオーネがカウンターの先を顎で示すと、ギョロリとした大きな目と目が合う。
「……フッ、俺の顔を見て驚かないとはお前さん、中々の胆力の持ち主だな」
そう言ってニヤリと笑うカウンター越しの姿は、人ではなくカエルの亜人、フロッグマンだった。
フロッグマンは横に広い口角を上げてニヤリと笑うと、緑色の少し湿った手をセツナに差し出す。
「ここで未帰還者の管理をしているリードだ」
「セツナです。新しく教会の犬となりました。生憎と振るべき尻尾はありませんが、よろしくお願いします。リードさん」
「ハハハ……」
差し出された手を物怖じせずしっかりと握り返すセツナを見て、リードは満足そうに喉を膨らませてレオーネへと目を向ける。
「レオーネ、かなり面白い奴を見つけたな」
「だろ?」
リードに負けない凶悪な笑みを浮かべたレオーネは、紙片をセツナに渡しながら説明する。
「それで、早速で悪いんだが仕事が入っている」
「わかりました」
セツナは紙片を受け取りながらサッと目を通すと、確認するようにレオーネに尋ねる。
「死体の回収……ですか?」
「ああ、と言っても流石にいきなり一人でやれとは言わん。あたしの方でセツナをサポートする人員を用意するから安心してくれ」
セツナの肩を軽く叩いたレオーネは「後でダンジョンでな」と言って、冒険者ギルドから去っていった。
レオーネが立ち去った後、渡された紙片に一通り目を通したセツナは、興味深そうにこちらを見ているリードに話しかける。
「今回、亡くなったのは新米の冒険者なのですか?」
「そうだ。先週この街に来て、冒険者ギルドになったばかりの新米だ。ここ数日、上手くいったから調子に乗って新人だけでダンジョンに潜って……」
リードは大袈裟に嘆息すると、嘆くように小さくかぶりを振る。
「階層が浅いから、ギルドの者が回収するって言ってたんだがな? 不謹慎だがセツナの初仕事に丁度いいと思って、こちらで請け負うことにしたんだ」
「それは……助かります」
「気にするなって、それより…………」
リードはまん丸の目をギョロリと動かし、セツナのことをマジマジと見る。
「お前さん、何だか聞いていた奴と随分と違うな」
「そうなんですか?」
「ああ、女の胸が揉みたいと言って面接を落とされた奴って聞いたから、もっと禄でもない奴かと思ったが……随分とまともな奴だな」
「失礼ですね。僕はまともですよ」
セツナは「フン」と鼻を鳴らしながら持論を語る。
「それに、女の子のおっぱいに興味のない男の方が余程ヤバイでしょう?」
「ハハハ、違いない」
リードは喉にある袋を震わせながら豪快に笑うと、カウンターの下に潜ってある物を取り出す。
「さて、本題に入る前にセツナにこれを渡しておこう」
そう言ってリードは、紐の付いた骨のような物をカウンターの上に置く。
「こいつを装備していれば、五階層までの魔物には襲われないお守りだ」
「えっ、これが!?」
思わぬレアアイテムの登場に、セツナはおそるおそる手を伸ばしてカウンターに置かれた物を手に取る。
ややくすんだ白色をした先の尖った勾玉のような形をしたそれは、どうやら動物の牙のようだ。
しかし、サイズは牙にしては異様に大きく、長さだけでもセツナの歯の三倍以上はあるとてつもなく巨大な牙だった。
装備しろとのことなので、セツナは紐を頭に通して首から下げてみる。
「特に変化はないですね」
てっきり装備した瞬間に何か変化があるのかと思ったがそんなことはなく、後はとても軽いので行動には支障は出なさそうだと思った。
「どうだ。立派だろう?」
興味津々に牙を手に取って見るセツナに、リードが骨の正体を教えてくれる。
「それは第五階層のボス、フェンリルと呼ばれた巨大な狼の牙だ。そういったボスの一部を所持していると、その階層までの魔物たちが恐れをなして、襲いかかってこないらしい」
「へえ、便利ですね」
「ああ、だが気を付けなければならないこともある」
リードは滑らかそうな右手を掲げると、指を立てながら説明をする。
「先ず、それの効果は魔物の方から襲いかかって来ないだけで、こっちから攻撃を仕掛けたら普通に戦闘になる。次に誰かの戦いに巻き込まれても普通に攻撃されるし、出会い頭に接敵しても戦いになるから気を付けろ」
「つまり、熊よけ鈴みたいなものですね」
「そういうこった。そしてもう一つの注意点、こちらの方が重要だ」
リードは神妙な顔をすると、メインのカウンターの方を見ながら声を押し殺して話す。
「そのお守りを持ってるとな……他の冒険者に狙われることがあるということだ」
「えっ?」
「ベテランは問題ない。犬の仕事の大切さを理解してるからな。だが、新米は別だ」
「これさえあれば、特別な存在になれると勘違いしますもんね」
「そういうことだ。だから一人の時は特に背後に気を付けるこった」
「なるほど……」
リードの言いたいことを理解したセツナは、首にかけた牙を胸元に隠す。
このお守りは、人目に付くように装備しておくものではないということだ。
「理解が早くて助かる」
リードは笑顔を浮かべて満足そうに頷くと、一枚の書類を取り出す。
「仕事の内容についてはこちらに一通り書いてある。ダンジョンに向かいがてら目を通しておいてくれ」
「わかりました」
書類を受け取ったセツナは頭を下げてリードに礼を言うと、レオーネが待っているダンジョンの入口へと向かうことにした。