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初恋がはじまって終わったと思ったら……

「さて、セツナよ。今日から仕事をしてもらうわけだが……」


 朝食後、静まり返った教会の礼拝堂で口にタバコを咥えたレオーネが、だらしなく鼻の下を伸ばしているセツナに呆れたように話しかける。


「おい、セツナ。聞いているのか!?」

「……えっ? あっ、はい、それでいいと思います」


 反射的に返答を返したセツナは、姿勢を正して話を聞く姿勢を取る。

 だが、目は今しがた出ていったアウラを追っているのか、チラチラと外へと続く扉へと向かうので、集中していないのは明らかだった。


「…………駄目だな。こりゃ」


 レオーネはガシガシと頭を乱暴に掻くと、不思議そうな顔をしているセツナを睨む。


「おい、浮かれているところ悪いが、アウラと恋愛しようなんざ思うんじゃねえぞ」

「ふえぇ? ど、どどど、どうしてぼ、僕がアウラさんと……」

「図星か……」


 今朝方、二人が一緒に水を汲んでいたのを目撃したレオーネは、セツナのことだからアウラに少しでも優しくされたら、あっさりと彼女に落とされてしまうのでは、と考えていたが案の定のようだった。



 レオーネは「ふぅ……」と深く紫煙を吐き出して間を置くと、そわそわと視線を彷徨わせているセツナに話しかける。


「別に私はお前に恋愛するなとは言わない。だが、アウラだけはやめておいた方がいい」

「な、何故ですが!?」


 思わず眠たそうな三白眼を止めて目を大きく見開くセツナに、レオーネは煙が彼にかからないように留意しながら再び紫煙を吐き出し、アウラと恋愛をしていけない理由を話す。


「実はアウラは、この国の最大宗派であるリブラ教の総本山にいる教皇の娘で、次期聖女になる予定なんだ」

「そ、それと恋愛をしちゃいけないのと何の関係が……」

「あるんだよ」


 食い下がろうとするセツナに、レオーネはゆっくりとかぶりを振って彼に事実を伝える。


「教会のしきたりでな。聖女は神に処女を捧げる存在なんだよ」

「神に……処女を捧げる?」

「そうだ。一応聞くが、その言葉の意味はわかるな?」

「はい、わかります」


 レオーネの問いかけに、セツナは苦々しい顔をして頷く。


 いくら女性と交流がないセツナでも、その言葉の意味ぐらいは理解できた。


 つまりアウラは神などという、いるかどうかもわからない存在に純潔を捧げるという名目で、誰とも結ばれることも許されず、一生を教会に縛られ続けることが宿命付けられているということだ。

 世間では聖女なんて呼ばれてもてはやされても、実際は一切の自由が許されない、アウラは鳥かごの中の鳥も同然の存在であった。


「そ、そんな……」


 アウラの重すぎる宿命に、セツナは早鐘を打ち続ける胸を押さえて悲し気に顔を伏せる。


「こんなドキドキも一生味わえないなんて……」


 恋愛なんて全くしたことないが、それでもアウラのことを思うと、教会と、彼女の父親だという教皇に対して怒りがふつふつと湧いてくる。


 できれば今すぐにでも飛び出して、アウラを攫ってしまいたいという衝動に駆られるが、


「気持ちはわかるが落ち着け……」


 その前にレオーネがすぐ傍までやって来て、セツナの肩を叩いて諫める。


「ふざけていると思うだろ? だが、聖女をはじめとする幾人かにこういった特別性を持たせることで、教会は長年権威を保ってきたんだ」

「じゃ、じゃあ、僕がアウラさんを連れ去ったりしたら……」

「全世界を敵に回すな。お前はそれなりに腕に覚えがあるようだが、そんな過酷な運命をアウラに背負わせるわけにはいかないだろう?」

「…………はい」


 自分ではなく、アウラに罪を背負わせるつもりかと問われたセツナは、返す言葉もなく力なく項垂れる。


 それはアウラに想いを伝えるまでもなく、セツナの初恋が終わった瞬間であった。



 そう思っていたが、


「まあ、それはあくまで表面上の話だ」

「……………………えっ?」


 いきなり話の流れが変わったことに、セツナは驚いて顔を上げる。

 すると、何やらとても悪いことを思いついたかのような、底意地の悪い笑みを浮かべたレオーネと目が合う。


「レ、レオーネさん?」


 聖職者にあるまじき顔をしているレオーネに、セツナは恐る恐る彼女に尋ねる。


「その……表向きとは一体どういうことですか?」

「単純な話だよ」


 レオーネは巻き煙草を握り潰して消すと、ニヤリと笑ってみせる。


「恋愛って奴は、自由であるべきだと思わないか?」

「はぁ?」

「例えどんなしがらみがあろうと、人が人を好きになるのに理由なんていらないし、好きになったら誰にも止められない。そう思わないか?」

「はぁ……」

「鈍い奴だな……」


 女性と触れ合ってこなかったということは、そもそも恋愛というものが理解できていない様子のセツナに、レオーネは頭痛を堪えるように頭を押さえる。


「いいか? つまり、アウラが聖女だからといって、あいつが誰かを好きになることは止められない。もし、誰かを好きになってしまったら、私は応援してやろうと思ってる」

「え、ええっ!?」


 どちらかというと、アウラが恋愛しないように監視する立場であるはずのレオーネの言葉に、セツナはあんぐりと大口を開けて彼女に尋ねる。


「ほ、本気で言っているのですか?」

「ああ、本気だ。それに、後にも先にもそれができるのは今だけだからな」


 レオーネは大きく息を吐くと、唖然としているセツナに優しく話しかける。


「アウラがこのダンジョンにやって来たのは、聖女としての認知度を上げるためだ。その時間は僅かではあるが、同時にあの子にとって数少ない自由に過ごせる貴重な時間なのだ」

「自由に……」

「そうだ。そして残念ながら私は不真面目なシスターだからな。アウラがやりたいことは、何でもやらせてやろうと思っている」

「それが恋愛でも?」

「そうだ。好きな男と結ばれたいのなら、ヤッてしまえばいい」


 レオーネは親指を中指と薬指の間に挟むと、下卑た笑みを浮かべる。


「何が聖女だ! 今時、女に処女を守らせる教義なんてクソ喰らえだ。あたしたちは一部の男たちの都合のいい道具じゃねぇってんだよ!」


 汚い言葉で捲し立てたレオーネは一度大きく息を吐いて呼吸を整えると、真顔になってセツナに向き直る。


「とまあ、そういうわけだ。セツナ、多少のことは目を瞑るからあの子に……アウラと仲良くしていい思い出を作ってやってくれないか?」

「いい思い出……」

「だが、無理にとは言わない。先程も言ったがアウラと恋愛することは、場合によっては殺される可能性もあるから、よく考えて結論を出してくれ」

「わかりました」


 搾り出すように紡がれたレオーネの言葉に、セツナは静かに目を閉じてしっかりと考えてみる。

 今の言葉が、どれほど重い意味を持つ言葉なのかはセツナには理解できない。


(だけど……)


 深く考えるまでもなく、セツナの答えは決まっていた。

 アウラがこれからも笑って暮らしていけるような手伝いなら、喜んで協力したいと思った。


「決めました」

「後悔しないな?」

「勿論です」


 セツナはゆっくりと目を開けて頷くと、胸に手を当て、踵を鳴らしながら姿勢を正して堂々と宣言する。


「何処までできるかわかりませんが、僕はアウラと仲良くなって彼女にいい思い出を作ってあげます」

「ああ、期待している」


 すっかりやる気を取り戻したセツナを見て、レオーネは満足そうに頷く。


「ちなみに、恋愛ならアウラだけじゃなく、他の奴でも全然問題ないからな」

「えっ?」

「知ってると思うが、この教会に集まった女は全員美人だ。だからセツナが誰と恋愛しようが自由だ……勿論、このあたしでもな」

「いえ、レオーネさんは遠慮しておきます。ジューゾー君のお母さんみたいなんで」

「こ、こいつ……」


 またしても見たこともない人物の母親扱いされ、レオーネは額に青筋を浮かべてセツナを折檻しようとしたが、素早く動く彼を捉えられるはずもなく、無駄に体力を消費するだけだった。

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