幼き日の夢、現在の立ち位置
青春ラブコメ、はじまります。
最初にそれを言ったのは誰だっただろうか?
「おい、知ってるか? 冒険者になると女の子にモテるらしいぜ」
それは思春期を迎え、異性に興味を持ちはじめた片田舎の少年たちによる他愛のない会話だった。
「この前、結婚した道具屋の兄ちゃんいただろ? あの人、ダンジョンで彼女と出会ったらしいぜ」
「マジかよ……あの人、確か嫁が見つからなくてダンジョンに行ったって人だろ?」
「そうそう、それが僅か一年で彼女連れて来るとか凄いよな」
「あの人って、どう見てもモテそうになかったのにな……」
当人がいないことをいいことに、少年たちは好き勝手なことを言う。
「それで、その兄ちゃんが連れてきた嫁はどんなバケモノみたいな女なんだ?」
「それがよ。信じられないことにめっちゃ美人の元シスターらしいぜ……しかもこんなん」
結婚相手の女性のスタイルの良さを表転するように胸の大きさを手で表すと、少年たちの間から「おおっ」という歓声が上がる。
「これはもう、なるしかないだろ」
「なるって何にさ」
「決まってるだろ。冒険者にだよ」
日に焼けた少年はニヤリと笑うと、全員を見渡しながら持論を展開する。
「考えてもみろ。このままこの村で過ごしたところで、俺たちのところに嫁に来てくれる人なんていると思うか?」
「……いないだろうな」
「ここ、なんにもないもんな」
そう言って少年たちは、自分たちの周囲を見渡す。
目に見える光景は、夕焼けに染まる広大な麦畑と、果てがないと錯覚するほどの幾重にも重なった山の稜線だった。
見る人が見れば目を奪われるほどの美しい光景なのだが、遊びたい盛りの少年たちからしてみれば、何もない退屈極まりない景色。
完全に日が暮れて夜の時間がやって来ると、自分の手元さえも視認が難しい完璧な闇がやってくる。
当然ながら夜に営業しているような商店はなく、むしろ野生動物たちに襲われる危険性の方が高くて外に出ようと思う者は皆無だった。
そう、少年たちが暮らす地は、殆どの人が名前も知らないような山奥の田舎だった。
住民の数も少なく、特にここ十年は村に女の子が生まれたという報告もなく、同じ学び舎で学ぶ少年たちの間にも、異性は一人もいなかった。
故に、この村に住む男たちにとって配偶者を見つけるというのは、彼等の人生において最大にして最難関のミッションであった。
「なあ、セツナはどうするよ」
すっかり冒険者になって結婚相手を見つけてみせると息巻いていた日に焼けた少年は、自分たちの最後方にいる三白眼の眠そうな顔をした少年に話しかける。
「お前も俺たちと一緒に冒険者になるんだろ? というかお前の家、冒険者一家だからそれ以外の道はないよな?」
「えっ? あ、うん……」
セツナと呼ばれた少年はゆっくりと頷いて答える。
「そうだね。父さんからは、ダンジョンでいい嫁見つけて来いって言われてるよ」
その言葉を聞いた少年たちは「おおっ」と色めき立つ。
「かぁ~、いいよな。親公認で、ダンジョンで嫁捜しとかよ」
「それに俺たちの中ではセツナが一番強いから、よりモテそうだもんな」
「俺も今の内から体、鍛えておかなきゃなぁ……」
「そうだな、じゃあ明日から皆で特訓といこうぜ」
日に焼けた少年は白い歯を見せて快活に笑うと、セツナと呼ばれた少年の肩に手を回して気安く話しかける。
「それで……セツナはモテたらどうしたいんだ?」
「どうって?」
「決まってるだろう? 女の子にモテて、イチャイチャするなら何をしたいかだよ」
「それは……」
鼻息を荒くする日に焼けた少年の質問に、セツナはあれこれ考えた後、搾り出すように自分の考えを話す。
「…………おっぱいかな?」
「お、おお、おっぱ…………って」
「そ、そうだよ。そんなおっ……ぱ……いなんて、セツナ君のエッチ」
身近に同世代の異性が全くおらず、女子に対する免疫が皆無の少年たちは、日常会話でエッチな単語を口にすることすら憚れるくらい純情であった。
堪らず赤面して「キャーキャー」悲鳴を上げる少年たちを他所に、セツナは眠たそうな顔のまま日に焼けた少年に向かって淡々と告げる。
「僕、おっぱいがが揉みたい」
「「「「おおっ!?」」」」
セツナの解答に、少年たちが一様に沸き立つ。
「だよな。男ならやっぱり……お、おお、おっぱいだよな!」
セツナの独白に勇気をもらったのか、一人の少年が顔を真っ赤にして堂々と宣言する。
「お、俺も女の子と付き合えたら、まずはおっぱいを揉ませてもらうんだ!」
「そ、そうだ! こうなったら意地でも親父たちに冒険者になることを認めてもらわないとな」
「僕も!」
「俺もだ! おっぱいのために頑張るぞ!」
そこから妙なスイッチが入った少年たちは夕暮れの中、声を揃えて「おっぱい」と連呼しながらそれぞれの家路に着いたのであった。
――夕暮れの中、互いの夢を語り合った日から五年の月日が流れた。
ステンドグラスから鮮やかな色の光が差し込む教会の礼拝堂、巨大な天秤を手にした運命の女神、リブラを模った祭壇の前で、紺色の神官服に身を包んだシスターが真剣な表情で呪文を紡ぐ。
「神のささやき…………女神の祈り…………」
一つ言葉を紡ぐ度に、祈るように手を組んでいるシスターに光が集まって来る。
シスターの前には一つの棺、そして周りには固唾を呑んで見守る全身傷だらけの冒険者たち。
「詠唱を賜え…………」
謳うようなシスターの詠唱に誘われるように集まった光たちは、最初は彼女の周囲をあてもなく彷徨っていたが、やがて一つにまとまって大きな光へとなる。
「奇跡を……念じろ!」
力強く呪文を唱えると同時に光が一際大きく輝き、シスターの前の棺へと吸い込まれていく。
最後にガラスが砕け散るような破砕音が鳴ったかと思うと、棺がガタガタと揺れ出して蓋が開く。
「…………あれ、ここは?」
「あなた!」
棺の中から出てきてキョトンとした顔を浮かべる男性に、傷だらけの一人の女性が駆けよって来て体をぶつけるように激しく抱擁する。
「良かった。あなたが死んだとき、私……もう目の前が真っ暗になって…………」
「そう……か。すまない、心配かけたみたいだな」
女性の体を見て状況を察した男性は、胸に縋りついて泣く彼女の顔を上げさせると、溢れ出た涙を指で拭ってやる。
「もう君を悲しませるような真似はしないと誓うから、これからも一緒にいてくれるかい?」
「ああ、あなた……勿論よ」
互いの愛を確かめ合った二人は、衆人環視の的になっていることも気にせず、顔を寄せ合って熱い口づけを交わす。
「おうおう、お二人さん見せつけてくれるね」
「結婚式にはちゃんと呼んでくれよな」
恋人たちの再会を、冒険者たちはやいのやいのと騒ぎ立てていく。
さながらお祭り騒ぎのように喜ぶさまは、ここが教会という神聖な場所であることを考えれば些か場違いではあったが、この場の管理者たるシスターは敢えて騒動を咎めはしない。
それだけ死を克服するということは、特別なことだった。
ただ、そんなお祭り騒ぎに参加することなく、部屋の隅で佇む人影があった。
爽やかさとは程遠い眠そうな三白眼で愛を確かめ合う二人を睨むのは、かつて将来は女の子にモテたらおっぱいが揉みたいと語り、今年で十五の青年へと成長したセツナだった。
好き勝手に騒ぐ冒険者たちを死んだ魚のような目で見ているセツナは、誰にも聞こえないような声でぼそりと呟く。
「彼女のいる男なんて……死ねばよかったのに」
セツナの小さな呟きは、冒険者たちの喧騒にかき消されてしまって届かない。
それどころか、この場にいる誰もがセツナのことなど最初から眼中にないように振る舞い、誰も彼のことなど気に架けない。
どうしてセツナが他の冒険者から腫れ物のように扱われ、一人だけ離れた場所で佇んでいるのか。
その理由は、セツナがこの街にやって来た初日に理由があった。
この作品に興味を持って下さり、ありがとうございます。
今作は15のタグをつけてはいますが、基本的にお気楽をモットーに描いてまいりますので、登場人物たちのお馬鹿な、時に真面目でざまぁなストーリーをお楽しみください。
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