8 王子と晩餐会
「たいしたもてなしはできないが、楽しんでくれ」
ロイド王からの招待で晩餐の席に座った。
確かにあまり食料が豊かではない国なので、野生の獣肉に香辛料をふんだんに使った辛みのある料理が多かった。
普通なら、王妃と王子も参加するのだろうが、あの王妃と王子では・・・ということで欠席となっている。
代わりに教育係のガルードや、側近など、男性ばかりが数名一緒に座った。
「あとから話すけれど、彼らはこの国にとってなくてはならない人物ばかりなんだ。
身分差など気になるだろうが、公式の晩餐会ではないので同席を許してほしい」
晩餐に誘われた際、ロイド王からそう言われ、アルベルト達は同席を許可していた。
あの恐ろしい王妃と一緒に食事など、彼らは想像するだけで震えてしまった。
夕食を終え、応接室に移動したアルベルト達にお茶が出された。
やはり香辛料を使ったものだったが、ヤギのミルクで煮て作るそのお茶は、アルベルト達の口に合い、お代わりをする程の美味しさだった。
「さて、どこから話したらいいかな」
そう言ってロイド王が話し始めた。
*********
トリニスタン国の王子ロイドはその日、町へと遊びに来ていた。
側近達とお忍びで来たのだ。
トリニスタン国には貴族が通う学校があるが、男性しか通っていない。
貴族の女性は家庭教師を雇い、自宅で学習するのだ。
男子しかいない学校は、そういう年頃なのかちょっと悪いことを自慢し合うことが多い。
「えー、町に遊びに行ったことがないのですか?」
「ああ、まだ許されてないからな」
「そんなの黙って行けばいいじゃないですか」
同じクラスの生徒にそそのかされ、内緒で町におりてきたのだ。
「殿下、あまり離れないでください」
「ああ、でも凄いな」
物珍しさからふらふらと行ってしまうロイドを、護衛が止めるのだが、初めての町歩きに浮かれたロイドはあまり聞いていなかった。
マーケット、と呼ばれるその場所は、食料品から衣類まで、生活に関わるものがほとんどそろう。
土の上にテントを張り、下に敷いた布の上に商品が並んでいる。
値段交渉をする声でマーケットは騒がしかった。
ドンッと誰かがぶつかってきた。
「殿下!」
「大丈夫だ、君、大丈夫か?」
ぶつかってきたのは少女だった。
「ごめんなさい、急いでいたから」
「怪我がないならいいよ」
そう言ってやると、少女はにっこり笑った。
女性と関わることのほとんどないロイド達は、その笑顔に胸が躍った。
そのうち、何度も町へ遊びにおりたのだが、何故かその少女に出会うことが多かった。
少女の名はフロリアーナ。
実は、側近の中の一人が、少女に一目ぼれをしてしまい、彼女に会いたくてこっそりと連絡を取り合っていたのだ。
ロイドが町へ行く度に、その側近が知らせるのだから、当然毎回彼女に会うことになる。
フロリアーナはロイド達が貴族なのに気が付いていたが、一緒にいるとご飯をおごってもらえたりすることに味をしめて、知らないふりをしていた。
フロリアーナは貴族に見初められ、裕福な暮らしがしたかった。
平民の女性が貴族に見初められると、多くは愛人か第2夫人となる。
しかし、フロリアーナはロイドが王子だと知ってから、王妃になり、最高の贅沢をしたいという野望を持った。
そして、ロイドが自分に好意を寄せているのを感じて、それをあおるようにスキンシップを多くした。
トリニスタン国では、貴族は結婚するまで男女二人きりで会うことは恥ずべきことだと言われるため、婚約しても手紙のやり取りぐらいしかできない。
会えるのは、婚約誓約書にサインする時と、婚約披露の時のみ。
毎回会う少女は平民で、めったに会えない婚約者の公爵令嬢よりも身近に感じられた。
恋に溺れるのに時間はかからなかった。
当時の国王たちが気が付いた時には、ロイドはフロリアーナを次期王妃として結婚を望むようになっていた。
やがて、周囲の反対を押し切り、ロイドは婚約を破棄してフロリアーナを妃として城内に部屋を与えてしまった。
フロリアーナが平民から初めて王妃に成り上がった事は、国民からは一定の支持を得られた。
平民でも貴族の妻に成れるかもしれない、という夢物語に民衆は酔いしれたのだ。
*******
「何も見えていなかったんだ、私は」
ロイド王はそう言って暗い顔で無理やり笑顔を作っているようだった。
「発言よろしいですか?」
バッツがそうロイドに訪ねると、
「ここは無礼講ということで、なんでも思うことを発言してくれ」
「ありがとうございます。では、自由に恋愛ができて陛下は幸せになったんですよね?」
「ははっ、幸せかって?そう見えるかい?」
「いえ・・・その・・」
「正直に言っていいよ。幸せそうではないって。そう、私はものすごく後悔している」
「どうしてですか?」
カルーセルが不思議そうに尋ねた。
「君たちはまだ若いね。考えてみてくれよ、貴族同士の契約を勝手に破棄したんだよ?
貴族の中でそんなやつを信用して付き合うなんてありえないだろう?
それにね、平民とはいえ、王妃なんだよ?
マナーも礼儀も知らない無知な王妃を君たちは尊敬できるかい?」
「それは・・でも、きちんと学べば平民でも・・・」
「もちろんすぐに貴族令嬢の教育を始めたよ。でもね、彼女はまず文字の読み書きから始めたんだ」
「え?」
「わが国は平民で学校に通うことはほとんどない。平民に教育を受けさせる、という考えがなかったんだ。子供たちはマーケットで手伝いをしながら数字や文字を覚えるんだ。
だが、そんな向上心のある子ども以外は、どうしたら楽に生きられるか、そんな事ばかり考えているんだよ。そんな子供の代表がフロリアーナ、王妃だよ」
アルベルト達は返答に困った。
他国の王妃を貶めるようなことは言えないが、あの王妃の様子だと教育ができていないことはわかる。
「ロイド様、そんな返事に困るような質問は意地悪ですよ」
ガルードが苦笑しながらロイド王をたしなめた。
「ははは、意地悪だったかな?すまない。
だがね、君たちにはきちんと向き合って考えてもらわないと、今回の訪問の意味がないからね」
「どういうことでしょうか?」
アルベルトが尋ねると、
「政略で決められた婚約の意味と、平民との付き合い方、その末路をきちんと見せることがマニスタン国ロベルト王からの依頼だからね」
「!!」
「そんな、自国の事をそんなあけすけにしてもいいんですか?」
「大丈夫、代わりに君の父上からの提案で、道路の整備のための資金援助と、鉱山開発の技術指導者の派遣を約束してもらっているから」
笑いながら話していたロイド王は、真剣な顔でアルベルト達を見た。
「君たちの話も聞いているんだ。だからこそ、よく私を見て考えてくれ。
今の私は何の後ろ盾もない平民出身の王妃を抱え、貴族たちからは距離を置かれている愚かな王だ。
父である前王は私の愚行に憤り、そのまま倒れて亡くなった。
母は父を殺した愚かな息子だと私を憎み、王宮を去ってしまった」
「「「「「・・・・」」」」」
「確かにロイド様はおろかな王子でしたね」
ガルードの遠慮のない物言いに、アルベルト達は焦った。
「そうそう、何度いさめても全く話を聞かないし」
「恋に狂った王子を誰も止められないし」
「愚かですよね~~~」
「そりゃあ皆距離を置きますよ」
周囲にいた側近達も苦笑を漏らしながら遠慮なくロイド王をこき下ろす。
「ひどいな~、まあ、本当の事だからなぁ」
ロイド王も苦笑しながら頭をかいている。
その軽い空気にぽかんとしていると、側近の一人、マイクルが教えてくれた。
「ロイド様は前王陛下が突然お亡くなりになってからものすごく苦労されたんだ。
王妃様は当然全く役に立たないし、大臣達をはじめ貴族たちも遠巻きにして手伝うこともない。
側近として側にいた者たちも次々と職を辞してしまったしね。
それでも、各部署の若手文官たちに教えを請いながら、本当に寝る間も惜しんで頑張られていたんだ。
我々現在の側近は、そんなロイド様の必死な姿を見て、手助けを始めたんだ。
そこからロイド様が、 決して不敬に問わないから、思っていることは言ってくれ といいだして、
このような関係になったのだよ」と。
ちょっと長いです。