7 王子と1か国目
ガタガタと揺れる馬車の中、アルベルト達の顔色は悪い。
「殿下、大丈夫・・そうではないですね。休憩しますか?」
「いや・・まだ・・大丈夫・・」
「そうですか?この先はもっと揺れますから、外を眺めながらの方が酔わないかと思いますよ」
執事ゼフがアルベルトに冷たいタオルを渡しながらそう忠告をした。
隣国トリニスタンに向かう馬車は、両国の国境を越えたあたりからひどく揺れ始めた。
トリニスタン国は高い山に囲まれており、夏は死者が出るほど暑く、冬は厳しい寒さに襲われる。
そのためあまり作物は実らず、食料は輸入に頼っている。
酪農も、険しい山ばかりで、ヤギくらいしか飼えない。
当然だが、国は貧しく、道路の整備にまで力を入れることができないのだった。
切り立った崖の横をギリギリに馬車が進むのが精いっぱい、慣れていないアルベルト達は当然だが馬車酔いを起こしているのだ。
アルベルトは外の景色を見ているが、窓からは山並みが見えるばかり。
下を見れば切り立った崖ギリギリのところを走っているため、落ちそうで落ち着かない。
早く着かないかな・・・考えるのはそればかりだった。
やっとの思いでたどり着くと、自国の王宮とは違い、質素で堅固な城だった。
「トリニスタン国、国王陛下に於かれましては、この度の来訪をお許しいただき感謝いたします」
「ああ、ようこそトリニスタンへ。本日はゆっくりと疲れを取ってくれ」
トリニスタン国の国王ロイドはまだ20代だと聞いていたが、目の下にはクマがあり、眉間には深いしわが刻まれている。
そして、全体的に疲れ果てた様子が見て取れた。
アルベルト達が親書や土産の目録などを渡し終わり、その場を離れるための挨拶をしようとした時、扉の外が騒がしくなった。
「何事でしょう?」
「何か重大な事故とか?」
アルベルト達がその騒ぎに驚いていると、ロイド王がはーっと大きなため息をついた。
「騒がしくして済まない」
「いえ、でも騒ぎの原因をご存じなのですか?」
「ああ、今わかるよ」
ロイド王がそう弱弱しく答えると同時に、扉が開き、バタバタとこちらへ駆け寄ってくる女性がいた。
「ロイドったら、大事なお客様が来てるならあたしにも教えてよ」
小柄で可愛らしい顔立ちではあるが、そのドレスは胸元が大きく開き、丈は短く、くるぶしが見えている。
そして、なんとも言えない香水の匂い。
目に染みるほどの匂いだ。
「まあ、あなた達がお客様?まだ若いのね!」
そう言ってアルベルト達に近寄ってくる。
「ひえっ」
思わずそう言って声に出てしまった。
「あたしはフロリアーナよ。よろしくね」
そう言って、女性はオズワルドに抱きついた。
「ひぃいいい」
相手は女性でもあり、しかも年上のようだった。
払いのけることもできず、声にならない悲鳴を上げるオズワルドを見て、アルベルト達はそっと一歩後ろへ下がったのだった。
「おやめください、妃殿下」
妃殿下と呼ばれた女性は、バッツに抱きつこうとして後ろから侍女に止められた。
「え~どうしてぇ?挨拶してるのにぃ」
「わが国では女性が男性に抱きつくことが挨拶とされていません」
「なによぅ、せっかくのお客様なのに」
「妃殿下はここに呼ばれておりません」
「ひどいわ、あたしは王妃なのよ。ちゃんと挨拶しないとだめじゃない」
「ご挨拶は日を改めて行います、と申し上げました」
「こんな若くて素敵な子達と仲良くしたいだけなのにぃ」
侍女たちに引きずられながら、女性は部屋の外に連れ出されていった。
扉が閉まる直前、「一緒にお茶しましょうねぇ~~」という声が聞こえた。
「アルベルト殿、他の皆もすまない」
「あの、妃殿下と呼ばれていらっしゃいましたが・・・」
「ああ、あれが私の妻だ」
「!!」
「ここには来ないように閉じ込めていたのだが、本当に申し訳ない」
ロイド王が頭をさげた。
唖然としたままアルベルト達は部屋に案内され、ようやく自分たちだけで話すことができた。
「あの女性が王妃・・・」
「どうなってるんだ?」
「オズワルド、大丈夫か?」
「・・・・・」
「うわ、顔色悪いぞ、お前」
「抱きつかれる前でよかった」
バッツはそう言ってオズワルドを気の毒そうに見つめた。
オズワルドはそれから2日はベッドの住人となった。
精神的ショックが大きすぎたようだ。
オズワルドを抜いた5人が、トリニスタン国の接待役に城内を案内してもらっていると、横から飛び出してきた男の子にぶつかった。
ぶつかられたのはカルーセルだったが、ぶつかってきた男の子はなぜか怒っていた。
「おまえたち!おれのしろでなにしてるんだ」
「俺の城?」
「おれはじきこくおうだぞ、えらいんだ、あたまをさげろ、ゆかにひざをつけ」
そしてぶつかったカルーセルに対して、
「きさま、おれにぶつかるとはふけいだぞ。しょけいだ」
そう言って指をさす。
「え?おれ?処刑?」
何が何だかわからない様子の5人に対して、男の子は癇癪を起こして叫ぶ。
「おれはえらいっていってるだろうが。おまえらみんなしょけいしてやるからな。それがいやならあたまをさげろ!」
「殿下、やめなさい」
そう言って後ろから来た男性が騎士に男の子を捕まえさせた。
「はなせ、おまえもしょけいしてやるぞ」
「お黙りなさい、おい、連れていけ」
騎士は慣れているのか、暴れる男の子を抱えて去って行った。
「アルベルト殿下、皆さま、大変失礼いたしました」
「あの、あの子は一体?」
「わが国の第1王子です、お恥ずかしながら」
「「「「「えーーー?」」」」」
「ご無礼致しました。私は王子の教育係を務めております、ガルードと申します」
ガルードはトリニスタン国から別の国に留学しており、その留学先の大学で教鞭をとっていたそうだ。
王子教育が全く進まないことに悩んだロイド王に何度も懇願され、王子の教育係としてつい先日トリニスタン国に来たそうだ。
王子の無礼のお詫びに、とガルードからお茶に誘われ、その席で話をされた。
「そのようなお話を私たちにしても良いのですか?」
「ええ、陛下からは包み隠さずに話すように申し使っておりますので」
「その、王子教育が進まないというのは?」
「妃殿下ですよ。次期国王なのだから誰かに縛られてはいけない、誰よりも身分は上なのだ、などとおっしゃって、教育係を何人も辞めさせたそうなのです」
「それは・・・」
「陛下も何度も妃殿下をお諫めしたそうですがね。
陛下も仕事がお忙しすぎて、なかなか内まで目が行き届かなかったのでしょう」
「あの妃殿下は一体どういった方なのですか?」
「おい、バッツ、失礼が過ぎるぞ」
「いやいや、大丈夫ですよ。ですが、その話は陛下自らがされると思いますよ」
その後はガルードからトリニスタン国の産業などについて教えてもらった。
教育係としてかなり優秀なようで、ガルードの話は分かりやすく、楽しかった。
ロイド王から夕食の誘いがあったのはその次の日だった。




