5 王子の気づき
アルベルト王子は王宮に向かう馬車の中でクルスやリザベラに言われたことで、エリザベスの事を考えていた。
自分は何を見ていたのだろう。
エリザベスは可哀そうな平民上がりの娘。
いつも自信なさそうな庇護欲をそそる態度。
平民育ち特有のくるくると変わる表情。
そのうち、婚約者達にいじめられていたと言いだした。
そして、悲しそうに泣く姿を見て、自分を始め、側近達も義憤にかられ、婚約解消を望み始めたのだった。が、果たしてエレーナは彼女をいじめていたのだろうか?
アルベルト自身はその場面を見たことがない。
廊下の隅で泣いている姿に、エリザベスの発言だけだ。
アルベルトの知っているエレーナは笑顔を絶やさず、優しく、それでいて貴族として、次期王妃としての教育を受け毅然とした態度で努力し続けている姿だ。
学園に在籍するほかの平民の生徒への対応では差別的な態度はとっていなかった。
むしろ同じ学園の生徒として仲良くなった者もいるくらいだった。どうして忘れていたのだろう。
いつからだろう、エリザベスが自分のことを「アル」と呼ぶようになったのは。
表情をクルクル変え、天真爛漫にスキンシップをとる態度に段々と心を許してしまっていた。
側近候補達とエリザベスの距離感に焦りを感じてしまい、エレーナとの婚約を破棄して、婚約者のいない立場からアプローチしたくなったのだ。
『だからこそ、この学園で貴族としてのふるまい、常識を学ばねばならないのでは?
元は平民といっても今は男爵令嬢なのでは?
だいたい平民だって婚約者や恋人のいる男性にベタベタしたりしないのではないか?』
クルスの声が頭の中で繰り返す。
サロンでのエリザベスを思い出す。
音を立ててお茶を啜り、菓子を食べこぼす。
貴族どころか学園に通う平民としても行儀が悪い。
慰問に行く孤児院の子供のほうがまだきちんとしている。
気が付かないふりをしていたのだ。
「判らぬのならば考えよ。何の為の婚約なのかを」
父親である王の声が思い出される。
「私は今まで何を見ていたのだろうか」
アルベルトのつぶやきを従者と近衛騎士は聞き逃さなかった。
二人はそっと目を合わせるとほっとしたように薄く笑った。
次の日からアルベルトはエリザベスとも側近候補とも距離を置くようになった。
王族であるアルベルトがサロンに行かなければ、ほかの誰も入ることができない。
当然、アルベルトがサロンを利用しているときも、ほかの誰も入れないように執事に厳命している。
側近候補達は困惑している。
朝、いつものようにサロンに向かうと、「本日サロンの入室はできません」
そう言われて護衛の騎士に止められるのだ。
「どういうことだ?殿下は本日学園をお休みされているのか?」
カルーセルの問いかけに
「いいえ、ただ、本日よりサロンの入室は殿下の許可が必要となります」
微動だにせず騎士が答える。
「殿下が?どうしてだ」
詰め寄りながら投げかけるバッツの問いに
「さあ?殿下に伺ってください。自分にはわかりません」
騎士はそっけない返事をするのみであった。
「みんなぁ、おはよぅ~、入らないのぉ~」
エリザベスがやってきた。
「あぁ。おはよう。いや、サロンは今日から殿下の許可がないと入室できないらしいんだ」
オズワルドが困惑しながらも説明したが、
「だったら大丈夫だよぅ~、みんなアルの友達じゃない~、ね、はやく入ろうよぅ」
エリザベスはオズワルドの腕に絡まりつき、サロンの入り口に入ろうとする。
が、護衛の騎士が素早く入り口をふさぎ、その右手はいつでも剣にかかるように身構えている。
「どいてよぉ、入れないじゃない」
エリザベスが大声で叫ぶ様子をサロンの中で聞いていたアルベルトががっくりとして聞いていた。