4 王子の知らない少女
エリザベスは1年前まで平民として下町で暮らしていた。
フリンク男爵が手を付けた下働きのメイドが正妻に追い出され、下町で育てられていた。
1年前、近所の人たちが男爵の屋敷に娘を連れてやってきたのだ。
なんでも病気になってしまい、遠くに療養に行くことになったこと。
エリザベスが働きたいというのだが、自分の容姿に自信があるようだが、怠けて媚びることしかしないので、メイドとして厳しく教育してほしいということをつたない文章でつづってあった。
エリザベスの母親は働き者で正直な女性であった。
可愛らしい容姿をしていたため男爵の目に留まり、優しい旦那様にほだされてしまい身籠ってしまった。だんだん大きくなるお腹と、正妻への罪悪感から侍女長に相談をしたことから正妻へ知られることになったのだ。
だが、それまでの仕事ぶりが侍女長から正妻に伝わり、貴族の妻としてはまともな思考を持っていた正妻からまとまった金額と紹介状を渡してもらい、下町に移ったというのが真相である。
追い出されたという噂は間違って伝わっているようである。
不幸な話のほうが面白い、というのは世の常。
円満退職よりはお手付きになって追い出されたという方が広がりやすかったのだろう。
下町では無事に娘が産まれ、正妻からは出産祝い金まで送られてきた。
認知できないが、元気で過ごしてほしいとの手紙がつけてあり、エリザベスの母親は感謝しかなかった。
エリザベスがある程度大きくなると、母親は紹介状を使って仕事を探した。
とある商家のメイドとして雇ってもらうことができ、贅沢はできないがそれなりの生活をすることができるようになった。
ある時、母親は娘の異変に気が付いた。
父親が誰なのか、正妻からもらった手紙から知ってしまったらしい。
エリザベスは母親に似て大変可愛らしい容姿をしていたのだが、貴族の血を引いていると知ってからは、家の手伝いをしようともせず、周りの人からモノをねだるようになっていたのだ。
はじめは飴などの駄菓子だったのだが、リボン、髪飾り、洋服、靴とどんどんエスカレートしていく。
見つけ次第返却するようにしていたのだが、今度はどこかに隠し場所をねだったようで自宅には見当たらない。近所の人々はあざとい仕草で男性から金品をねだり、母親の悪口を言いふらし、自分は働きもしない少女を薄気味悪いと思うようになっていた。
母親は働き者で、近所の人々とも助け合いながら暮らしてきたのだ、その人柄はよく知られている。
にもかかわらず、怠け者で嘘つきな少女。
『あたし、お母さんに嫌われてるの。お父さんが貴族で無理やりおかあさんを・・・。
だからあたしを見ると気分が悪いって。つらい気持ちになるって。
お父さんの本当の奥さんも私が産まれてくるのが嫌だから追い出されたの』
『お母さんはあたしが嫌いだから・・・』
悲しそうな顔をして、上目遣いに下町の男達を見つめる。
『こんなに優しくしてもらったの初めて、嬉しい』
そう言ってベタベタと触れる。
男たちは彼女の関心を買おうと欲しいものをプレゼントする。
中には借金をしてでも、という男も出てくる始末である。
当然、その恋人、妻、家族達から苦情が来る。
そのたびに母親は気の毒なほど頭を下げ、金銭の返却をするのだ。
やがてそんな生活に疲れた母親は心を病み、遠い修道院に療養に行くことになった。
当然娘を連れていくつもりだったのだが、
『あたし、お父さんのところで頑張って働く』という。
娘を信じた母親は男爵家に手紙を出した。
メイドとして教育をしてほしいと。
だが、エリザベスは初めから貴族として暮らしたかったのだ。
『お父さん、会いたかった。
あたし、お母さんからいつもひどいことばっかり言われてて・・・、つらかったの』
そう言って男爵に抱き着くと、ポロポロと涙を流して見せたのだ。
可憐な娘の哀れな様子に男爵は妻子の反対を押し切って娘として引き取ったのだった。
貴族になったからには13歳から学園に通わせなければならない。
早急にマナーと勉学の家庭教師が雇われた。
「貴族としてのふるまいを」
「貴族としてのマナーを」
「貴族としての教養を」
(なんなの、いちいちうるさいったら。あたしは貴族の娘なのよ。
そんなの知らなくたって全然平気よ。侍女がやればいいのよ)
エリザベスは家庭教師が来ると仮病を装ってさぼってばかりいるのだった。
食事時に男爵から勉強について聞かれると、下を向き、涙を浮かべながら小さな声で
『あの人、あたしが平民だったから意地悪なことばかり言うの。
貴族じゃないって・・・』
「っ!!なんて奴だ、大丈夫私が守ってあげるからな」
家庭教師は男爵家の仕事を失うことになった。
正妻は家令からの報告を受けて慌てて家庭教師に退職金と紹介状を手配した。
家庭教師は正妻にエリザベスの態度と成績を報告書として残していった。
家庭教師からの報告を受けた正妻は男爵の執務室に向かった。
報告書を男爵に読ませた後、彼女は声をかけた。
「あなた、あの子を、エリザベスを如何するのですか?
このままでは学園で恥をかきますわ、貴族としてのふるまいを覚える気がないなんて。
あの子の母親の希望通りにした方がよろしいかとおもいます」
「だが、この報告書はあの家庭教師が作ったのだろう?あいつはエリザベスを平民だからと言って蔑んでいたんだ。本当のことが書いてあるとは思えない」
正妻は男爵の顔をじっと眺めた。
「普段の食事の際の態度、侍女やメイドへの対応、贅沢を好み勉学をさぼる、あなたには見えていないのですか?」
男爵は少し考えていたが、「あの子は可哀そうな子なんだ」 とだけつぶやいた。
正妻は執務室を出るとすぐに息子と家令を呼び内密に相談を始めた。
彼女が男爵と義理娘に見切りをつけた瞬間であった。