33 王子は婚約者とお茶をする
いろいろな手続きを済ませ、アデレイドはガ=ミル国の大学に留学するため、個人礼拝室から大学の寮へと移動することになった。
「明日から大学へ通いますの。これから寮へと移動となります。
皆様とお会いするのは最後かもしれません。
わたくしの人生を大きく変えていただき、ありがとうございました」
そう言って深くお辞儀をした。
「楽しい大学生活になるといいですね」
「ええ、そうなるように頑張りますわ。アルベルト様たちもご出発なされるとか」
「そうですね、3日後には出発する予定です」
「道中のご無事をお祈りいたしますわ」
そう言って挨拶を交わし合った。
ガ=ミル国を中継として、それぞれの近況を報告し合うことを約束した。
「手紙かぁ・・・共通語、書くのは苦手なんだよな・・・」
「バッツ様の嘘偽りない近況を教えてくださいね」
「バッツ、いい機会だ、身体以外も鍛えなきゃな」
「お、いいね、アデレイド嬢に添削してもらおう」
「あら、添削したらまた送り返して直していただかないといけませんね」
そう言って笑いあった。
そして、アデレイドが去り、アルベルト達も出立の時間となった。
神官長と神殿長に挨拶を済ませ、馬車でマニスタンへと出立した。
ブルッスタン国にもう一度寄ろうと計画していたのだが、アデレイドとのことで時間を取られたため、また後日行くことに変更された。
道中は何事もなく、順調に進んだ。
マニスタンに到着したのは、夜も遅い時間だった。
それでも、王と王妃は起きて待っていてくれた。
詳しい話はまた日を改めることになり、無事の帰国を喜んでくれた。
2日後、王と王妃と面会をし、各国での出来事を報告した。
側近達もそれぞれの家で家族に報告をしているはずだ。
もちろん各国からの手紙で報告も受けており、良い旅ができたことは分かっていた
最後にガ=ミル国で会ったアデレイドの事を話すと、王妃が興味を持った。
「どこの国のご令嬢かしら?」
「多分あそこかな?という国はあるが、まあ、ガ=ミル国に問い合わせてみよう」
「ええ、女性の社会進出を推進し始めているなら、こちらからも協力できることはあるでしょう?
ぜひとも国交を結びたいわ」
「アルベルトがきっかけで新たな国との国交が始まる、というのもなかなか面白いな」
「そうですね、私も興味がありますし、新しい国の事を知るのはうれしいですから」
「ならば、この国との友好を結ぶ仕事をお前に任せよう」
王からの言葉にアルベルトは身が引き締まるような、それでいて、認めてもらえた嬉しさが沸き上がってきた。
「流石に、お前たちだけに任せるわけにはいかないから、外務大臣と相談して、チームを作って取り掛かるといい。ガ=ミル国から国名を知らせてもらえば、動けるように、頼むぞ」
そう言われ、学業と公務とあわせて忙しい日々が始まるだろう。
そう思い、胸の内で決意を新たにしていると、王妃から声をかけられた。
「アルベルト、エレーナちゃんと会う約束はしたの?」
「はい、手紙で予定を聞いております」
「そう、ならいいわ。あなたがエレーナちゃんと話をしてからわたくしがお茶に誘うわ」
「そう、ですか」
「いい、エレーナちゃんを泣かせるようなことをしたら、息子でも許さないわよ」
そうくぎを刺され、アルベルトは小さな声で はい と答えるしかなかった。
エレーナから返事が届き、ゆっくりと話ができるように時間を取ってほしい、という希望が書かれていた。
王宮や公爵家では両親や使用人の目もあり、あまりゆっくりできないかもしれない、ということで、
学園の温室で会うことにした。
学園の温室は少し奥まったところにあり、人の出入りはあまりない。
そこを貸し切りにして、護衛や侍女は声の聞こえない遠くにいてもらう。
それくらい広い温室で、声も響かない。
アルベルトはしっかりエレーナに話をしようと準備をした。
「お久しぶりです、アル殿下」
「レーナ、久しぶりだ。変わりはなかった?」
「ええ、王妃様とのお茶会も定期的にありましたし、各種の事業も順調でしたわ。
学園も変わった事はありませんでしたわ。あ、でも一つ」
「何?」
「慰問に行く孤児院での子供たちへの教育が始まりましたわ」
「とうとう始まったんだ」
「各年齢に応じて孤児院や教会、商会や広場に振り分けての授業ということで、なかなか手間取りましたが、ようやく軌道に乗ってきました」
「予算は間に合った?」
「少し厳しいかと思ったのですが、平民の中でも知識は必要だとわかっていただき、寄付が思ったよりも集まって、本当に助かりました」
この平民への教育事業は、アルベルトとエレーナが計画を立案し、議会の承認を得て行っていた。
いずれ王と王妃になるために、平民や下級貴族にもわかりやすく目に見える恩恵を与え、彼らの支持を得ておこうという事からの事業だった。
旅の間、エレーナひとりに任せてしまうことを危惧して、王や王妃、ハイルドバルド公爵にも根回しをお願いしていた案件だった。
「あら、久しぶりにお目にかかれたのに、仕事の話になってしまいましたわ」
「いいんだよ、気になっていたから。また視察に行こう」
「はい」
それからアルベルトは旅で回った各国の事をエレーナに話した。
その国ごとに買っておいた土産を出し、話をした。
東国の土産で真珠の髪飾りを見せると、珍しそうに手に取って眺めていた。
話がひと段落したところで、アルベルトは思い切って話し出した
「あの、レーナ?」
「何でしょう?」
「その、旅に出る前の事なんだが・・・」
「何でしょう?」
「その・・・あまりレーナとの時間が取れなくて・・・すまなかった」
「そうですね」
「私が・・・その、ちょっとよそを見ていた、というか・・・その、自分でもひどい態度をとったと思う」
「何をしたのですか?」
「サロンに女生徒を入れて、毎朝お茶をしていた・・・」
「それで?」
「2度かな?下町に連れて行って、買い物をしてそれをあげた
下町はみんなで行ったのだが、ねだられて、食事を奢った」
「それで?」
「学園から下町まで一緒に馬車に乗った、二人きりではないよ?」
「それで?」
「それでって、それだけ・・・じゃなくて、平民のように・・・その・・自由に・・・相手が選べないかと父に・・その・・聞いてみた」
「それで?」
「レーナは政略で私と婚約させられたのに、自分ばかりと、レーナの事を考えなかった。
レーナはずっと王子妃教育を受けさせられ、私の事業にも協力させられ、レーナこそ、私のせいで何も自由がなかった事をようやく思い至った。本当にすまなかった」
アルベルトはそう言って頭をさげた。
遠くにいる侍女や護衛は声は聞こえないが、アルベルトの行動は見える。
ちょっと驚いている様子が伝わってきた。
「アル殿下?頭をあげてください」
「レーナ・・・」
「一つ訂正させてください。わたくしは無理やり婚約していたわけではありませんわ。
きちんとアル殿下と向き合って、手を取り合ってこの国の為に共に生きても良いと思ったから、王子妃教育にも、事業への参加もわたくしの意思ですわ。見くびらないでくださいませ」
「すまない」
「それで?わたくしが自由じゃないから婚約を破棄したいと?」
「そんな事は思ってない!!できれば、レーナが嫌でなければ、私の隣にずっといてほしいと心から思っている」
叫ぶように必死に訂正するアルベルトを見て、エレーナはまたにっこり笑った。
「アル?次はありませんわよ?」
アルベルトはぶんぶんと首がとれるかと思うくらい頷いた。
その後、エレーナとアルベルトは各国で手に入れたお菓子やお茶を楽しんだ。
楽しいおしゃべりをしていたのだが、一つだけ、アルベルトが恐怖を感じたことがあった。
それはガ=ミル国でアデレイドとの話をした時だ。
エレーナは自分も手紙を出したい、と言った。
これから友好国になるのならば、優秀そうな彼女と知り合っておきたい、ということらしい。
一度手紙を出してアデレイドに確認をしてみよう、となった後だ。
「婚約を破棄して宰相を目指す、アリですわね」
そう小さな声でつぶやいたのが聞こえたのだ。
アルベルトは背中を冷たい汗が伝うのを感じた。
アルベルトがけっぷち?




