2 王子と少女
王族が学園に在籍する際は慣例としてサロンが与えられることになっている。
彼らはサロンに入っていくと、いつもの席に腰を下ろした。
このサロンには専用の執事と侍女が王宮から配属されてきているため,流れるような仕草でお茶が準備されていく。
王族専用の薫り高い紅茶を飲みながら、それぞれがアルベルトをみた。
「父上が、破棄はならぬと」
ガシャン!と繊細なカップが乱暴に置かれる。
「理由は?陛下はなんとおっしゃられたのですか?」
側近候補の一人、侯爵令息オズワルドが身を乗り出してアルベルトに詰め寄る。
「何も。何のための婚約か考えよ、とだけ」
う~ん、という以外、誰も話を続けることができずにいた。
カシャカシャと不躾な音を立てながら紅茶を啜るように飲んでいた少女:男爵令嬢エリザベス・フリンクは
「アル~、もうちょっと待ってからまた頼んでみたらぁ?
エレーナが私に意地悪ばっかりしてることわかるだろうしぃ、したらぁ、王様だぁってアルの事わかってくれるよ~」
語尾を伸ばし、舌足らずな話し方は王宮からの執事と侍女には耳障りにしか聞こえない。
だが、まだ若い世間知らずな若者には庇護欲をそそるように聞こえるらしい。
「くそ、あの女めっ‼」
子爵令息で護衛候補のバッツの拳がテーブルをたたく。
「落ち着け、まだ時期じゃないだけだ。あの女の悪行はちゃんと証拠をそろえて断罪しないと」
カルーセルがバッツの肩に手を置いて落ち着くように2,3回たたく。
「でも、このままではベスが・・・」
「ありがとぅ~、バッツぅ、でもぉ、大丈夫!みんなが一緒にいてくれるからぁ、あたしがんばれるよ~」
両手を胸前で握りこぶしを作り、上目遣いでウルウルと見つめると、
「なんて健気なんだ!」
「大丈夫、みんなで守ってあげるから」
「ウフフ、ありがとぅ~みんなぁ」
茶番劇場を見せられて内心辟易している執事が能面のような顔で告げる。
「皆様。お時間です」
王子と側近候補達、あざとい少女は連れ立ってサロンから教室へと向かって出て行った。
残された執事と侍女は片付けを指示しながら周囲に聞こえないように会話をする。
「毎日毎日、本当につまらん会話を・・・」
「はぁ、あんな下品な女のどこがいいんでしょうかね?」
「若いからだろ?」
「若ければ何でもいいんですかね、本当に節穴ばっかりですわね。
それに、エレーナ様が意地悪などと・・・」
「あぁそれについては」
にやっと口の端を上げて執事が笑う。
「誘われていないお茶会に無理やり割り込んできたそうだ。
主催の令嬢が困惑する中、
『なんであたしだけ誘ってくれないの?元平民だから?どうして意地悪ばっかりするの!』
などと大声で喚き散らすからエレーナ様が主催した令嬢、伯爵家のリザベラ様に声をかけてあの女を自分の隣の席に座らせるようにしたんだとさ」
「エレーナ様が・・・。意地悪なんて言われたリザベラ様の評判を気にされたのね。
あぁ、招待されたほかのご令嬢たちにも迷惑が掛からないようにお気を遣われて、さすがね」
「本当にな、そのおかげでお茶会がスムーズに再開されたんだが、あのバカ女、エレーナ様の前で
殿下たちの名前を愛称で呼び、愛のない婚約なんてつまらないとかほざいたそうだ」
侍女がの眉間にしわが寄る。
「ふふっ、エレーナ様は終始にこやかにあの女の話を聞かれてな、最後に
『貴女のお話はよく分かりませんが、貴族らしい所作を身につけられたほうがよろしいですわ。
このままですと貴女のお父様達にも恥をかかせてしまいますもの。
よろしければ私がお教えいたしますわ』
って微笑まれたらしい。ほかのご令嬢たちがその微笑みにうっとりしているとな、
『馬鹿にしないでよ!貴族らしいってなんなのよ‼』
立ち上がって、紅茶をな、のどを鳴らして飲み干したんだとさ」
ふふふっとつい笑いを漏らしてしまった執事にたいし、侍女は目を丸くして固まってしまった。
「『どう?あんたにこんな真似できる?アル達はこういう風に庶民な感じが好きなのよ。
貴族らしいとか何とか言ってさ、あたしに意地悪言いたいだけでしょ』
とか言い捨てて出てったらしい」
「意地悪・・・」
「そう、意地悪なんだと」
二人はちょっと遠い目をしながらそれぞれの仕事に戻っていった。