11 王子の反省
「クロード殿下は、今年に入ってから、男爵令嬢とお知り合いになられました」
アルベルト達はエリザベスの事をおもいだした。
「そして、その男爵令嬢から、『学園は身分関係なく平等なのだから、平民や下位貴族とも交流を持った方がいい』と言われたそうです」
「間違ってはいないな」
バッツがそう言うと、クルスが残念そうな目で見た。
「本気で言ってるのか?平等というのが、今日の姿だと?」
「いや、あれはちょっと・・・」
「まあ、あの男爵令嬢をサロンに呼び込んでいた殿下達には普通の状況かもしれませんがね」
チクリと嫌味を言われ、アルベルトは苦笑を漏らした。
バッツは怒りを含んだ目でクルスをにらんだ。
カルーセルたちはバツが悪そうに視線を落とした。
「それで、平等だから、ということで、生徒会役員に平民と下位貴族を抜擢したそうです。
それがあの取り巻き達です」
「ものすごく優秀な生徒なんだろうか?」
「クロード殿下の側近によれば、あの男爵令嬢のお友達、らしいです」
「は?友達?」
「男子生徒しかいなかったが?」
「彼女には女性の友達はいないそうですよ」
なんか、どこかで聞いたような話だな、とアルベルトは思った。
エリザベスにも女性の友達がいなかったな、と思った。
エレーナに意地悪をされている、とも言っていたな。
元平民だからみんなして意地悪をする、とも・・・。
「クロード殿下は側近の方たちに、『庶民との交流を大切にしたい。平民の皆が委縮するから貴族とは少し距離を置きたい』とお願いされたそうです」
「それと『護衛がいると皆が怯えるから」と護衛も遠ざけているそうです」
フリッツの言葉にアルベルトは驚きを隠せない。
「それは、何のための護衛なのか・・・」
「側近の方々も何度も意見したそうですが、平等で何が悪いと、王宮での執務以外では側に寄れないそうです」
「あ、執務の手伝いはさせているのか・・・」
「初めは平民の友人たちを王宮に招こうとされていたようですが、さすがに陛下からおしかりを受けたようです」
「まあ、そうだろうな。側近に選ばれるということは、信頼に足る人物としてすべての調査を終えているのが当たり前だから」
「そうでなくては執務の手伝いなどさせられませんよ」
「機密事項もありますから」
「まだそんなに深い機密はないけれど、年々増えていくからな」
「でも、学園では身分差で差別をするな、平等であるように言われているんだぞ?
ブルッスタンでも同じなんだろう?
確かに態度は悪かったが、平民も平等に扱おうとする姿勢は褒められるべきなのでは?」
バッツが突然そう言いだした。
おそらくエリザベスの事を考えているのだろう。
クロードの行いを見て、アルベルト達は自分たちの行いを恥じていたのだが、バッツだけは違ったらしい。
バッツの発言に、クルスが反応した。
「バッツ、お前はまだそのような事を言うんだな。
いいか、身分差で差別をするな、というのは、平民だけを大事にしろという意味ではないぞ。
貴族には貴族の、平民には平民の社会がある。
一緒に過ごすにはその両方の社会の決まりを守る必要があるのだ、わかるか?」
「・・・」
「貴族と平民は平等ではない。だが、学園にいる間はともに学ぶものとして、節度を持ち、お互いの立場を理解しながら交流をはかるべきだろう。
それが学園の言う平等だ。
ただ単に平民と仲良くする、ということではない、ということだ。
学園にいるのはフリンク男爵令嬢だけか?
クロード殿下の取り巻き達だけか?
バッツ、お前の言う平等は自分の好きな人物にのみ適用されている、歪んだ平等だ」
厳しい言葉に、バッツは視線をさまよわせながら、どうしていいのかわからない様子だった。
「クルス、お前の意見はもっともだ。私たちは目が曇っていたんだと今ならわかる。
何度もお前が注進してくれていたのに・・・すまなかった」
アルベルトがそう言って頭をさげると、オズワルド、カルーセル、ジャンも頭をさげた。
「そんな、頭をあげてください、皆も。
私はあの女が、失礼、フリンク嬢が来た時からベタベタされて、ものすごく不愉快だったんです。
それに、リザベラが意地悪をしてくるなどと妄言まではく始末。
お茶会に呼ばれてもいないのに無理やり押し入り、席まで用意してもらいながらマナーもなっていない。それを注意したことが意地悪とは!許せることではありませんでしたから」
「ははは、やはりクルスが側近でよかったと思うよ。
私が間違った道に進むときにきちんと正してくれるのが側近なのだから。
そして、間違えたことを一緒に謝罪してくれるのもまた側近なのだな。
私には素晴らしい側近がいてくれてうれしいよ」
「「「「「殿下」」」」」
「和解は喜ばしい事ですが、皆さま、そろそろ移動の時間です」
ゼフが口元をひくつかせながら声をかけた。
アルベルト達はそれには気が付いていない様子で、立ち上がると食堂を後にした。
「バッツ様、皆さま移動されていますよ?」
座ったまま、俯いているバッツにゼフが声をかけるが、バッツは動こうとはしない。
「私は、ベスが好きだった」
ポツリとバッツがそう言った。
「はあ」
「守ってやりたいと思ったんだ」
「はあ」
「エレーナ様たちが意地悪をしてくるって聞いて、平民出身だから蔑んでるんだろうと」
「・・・」
「でも、クロード殿下の姿を見てクルスの話を聞いていたら、何か違うって」
「そうですね」
「私も殿下の側近として認めてもらえるだろうか?」
「さあ、私には何とも言えませんが、少なくともバッツ様はスタート地点に立つことができたのではないでしょうか?」
「スタート地点・・・」
「バッツ様はまだまだ世間をご存じありません。
視野も狭く、思い込みも激しい、側近としても護衛としてもかなり未熟です」
「・・・はっきり言うなあ」
「今ははっきり言われたいでしょう?」
「そう、だな」
「これからですよ。どうしたら殿下の為になるのかを、他の皆様と話し合いながら見極められるようになりましょう。
そして、目の前の事のみ頭から信じ込まず、周囲の情報をきちんと把握してから動きましょう。
貴方様は素直で率直な方です。そこに広い視野や、思考して行動することを覚えればよろしいかと私は思いますよ」
「そうか・・・まずはクルスやフリッツの話をきちんと聞くところから始めてみる、かな」
「その意気です。まだ若いのです、やり直しはできますよ」
ゼフと話した後、バッツはアルベルトの後を追うように食堂を後にした。
「やっと目が覚めたかな?クロード殿下のおかげ、かな」
ゼフはそう言って天井を見上げてにやりと笑った。
「軌道修正は順調、と報告を」
それに応えるようにかすかな物音がしたのを確認すると、ゼフは音もなくその場を後にした。
執事ゼフさんは暗部の方です。




