葛木邸(かつらぎてい)
僕はまずい、と思ったけれど何となく確かめたくて、彼女に近寄ると声をかけた
「不躾ですみません、もしかして海を臨む公園にいらっしゃいましたか?」
「は? ええ」彼女は頷く。それから、ささっと自分の身なりを確認するような所作をした
「僕も丁度そこから来たところでして、まさかとは思ったんですが、気になってしまったんです」
彼女は、少し納得したのかほっとしたように微笑んだ
「この格好だと目立ちますか?」
僕は聞かれてようやく、着物に目を移した
青い着物は、この季節にほどよく、でも柄は細かな菊の柄だった
菊…と思わず呟いていたらしい
「菊は九月ですから季節外れなんですけど…でもゆかりがあるからいいんです」
家紋か何かですか? と聞くとそうだと言う
「源氏の末裔なんですって。薄い薄い繋がりですし、とうの昔に成り下がっていますけど、まぁいいかと」
僕は思わず声にならない声をあげて、誤魔化すように咳払いをした
「へぇ面白いですね、僕の母も似たようなことを言ってますよ。ゆかりのある旧華族だとかで…」
彼女は、ふぅんと興味がなさそうに僕を見た
「あの、良かったらお茶でも…」
彼女は面白そうに笑った
「葛木邸ってご存知です? あそこが混んでなかったら…」
僕は思わず眉を下げて困った顔をした
そこはいつも混んでいる人気店だ
空いているはずがない
僕は思わず、彼女に目線を合わせるように膝をついた
「ごめん、どうしてもあなたじゃなきゃ頼めない話があって…」
彼女は驚いた顔をしたが、じゃあと坂の下にあるチェーン店にでもと承諾してくれた
僕たちは坂を降りて、広いカフェでお茶をした
僕はせきららに母のことを語り、失礼だがあなたに会えば母も、他の人と何ら変わりないと思い直してくれるんじゃないかと言った
彼女は考え考え頷きながら、まぁ確かにと
昔はどうであれ、今の私はただの農家の娘ですからねとお茶を啜った
それから、いいですよとカップを置く
「何だか面白そうですし」