俺もまた、一本のひまわりに過ぎない
「第4回下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ大賞」参加作品です。異世界恋愛のひとコマ。
俺は長いこと、ルドラ帝国内の劇場で『ジノの怪人』を演じて回っていた。この舞台は当たる。座長が断言した通り、劇のチケットはあっという間に売れていった。劇場を出れば、出待ちのファンがわらわらと寄ってくる。ジノ様、ジノ様と役名を呼びながら俺を見つめていた。俺が手を振って応えると、皆が大輪の花を咲かせたみたいに笑って、大きな黄色い声を響かせた。
大成功の喜びを一番に報告したくて帰ってきたのに、ミラは暗い部屋で机に向き合ったまま、すげない返事を一つ寄越しただけ。他に言葉が続くのかとしばらく待っていたが、ガリガリとペンを走らせる音ばかりが部屋に響いた。
「久々なんだ。俺を見てくれよ、ミラ」
後ろから抱きついて腕を止めれば、ようやくミラはペンを置いた。
「ジノが人気なのは知ってる。私がそうなるよう書いたんだもの。当たり前の事を復唱されても、反応のしようがないわ」
「ミラは自信家だな。俺は舞台に上がるまで、ずっと怯えてたのに」
「そう、無駄な心配してたのね。それとも私の脚本が、イマイチだと思っていたのかしら?」
「まさか、ミラの脚本は面白かったよ。これは当たると、俺も読んだ瞬間確信していた。だからこそ、俺が演じ切れるか不安だったんだ」
ミラは立ち上がると、俺の両頬に細い手を伸ばす。あんまり外に出ないせいか、暗い中でも肌の白さが際立つ。ミラの顔が近付いてくると、浅ましい俺はつい、キスの雨でも降ってくるのかと期待してしまった。
「ジノを演じられるのは、世界で貴方一人だけ。貴方は、私の書いた世界を表現出来る唯一の役者。太陽が大地を照らすように、貴方が舞台を照らすのよ」
キスの雨は降らなかった。迷いのない、真っ直ぐな瞳の強さに、俺は目が眩む。舞台の上では、俺が太陽かもしれない。けれどその舞台を生み出したのは、俺に触れるミラの手だ。
「俺の太陽は、ミラだけだ」
ミラの前では俺もまた、一本のひまわりに過ぎない。ミラの作り上げた世界の中で、君という光だけを見つめている。
「名前で呼んでくれないか、ミラ。最近はジノとしか呼ばれないから、自分が誰なのか分からなくなりそうなんだ」
俺が乞い願えば、ミラは小さく息を吸う。僅かに開く、ぷっくりとした赤い唇が愛おしくて、今すぐ食べてしまいたい。ミラの腰を抱き寄せると、俺は衝動のまま、ミラが名を呼ぶ前に唇へ齧り付いた。
皆に優しくて人気者のキャラが、ぞんざいに扱われつつも一途に好き光線出しまくる展開っていいよね。というお話でした。