第96話 学生チーム
最初に布陣した地点から、すべての部隊がゆっくりと後方に移動していく。
それは当初の予定通りの行動であった。
「天の恵み」は、この戦闘の最中も交易ロードを、最終的には「バベルの塔」を目指して進んでいる。
「天の恵み」回収用搬送車には、後方支援の遠距離支援兵器群が設置されており、対ツインネック・モンストラムの部隊と離れすぎることは、兵力の分断、各個撃破のいい的になってしまう。
基本的な目的はあくまでも「天の恵み」の防護である。
その妨害を行うツインネック・モンストラムを倒さなければ、無事に「バベルの塔」まで「天の恵み」を届けることが出来ない状態に追い込まれてしまったのである。
各部隊、騎士団、冒険者は、ツインネック・モンストラムの周りに群がる、ともに「天の恵み」を追尾してくる「魔物」達を、次々と倒していっている。
だが、確実にツインネック・モンストラムと「天の恵み」の距離は縮まっていた。
すでに、A級の「魔物」達に襲われ、命を亡くしたものも増えてきていた。
ミノルフは戦場の上空からその状況を観察し、逐一司令本部の「スサノオ」に報告していた。
また、隊列が「魔物」達によって分断されそうなところには、その場所の急行し、できうる限りの「魔物」達を自分のできる技術を最大限に振るって、時には倒し、時にはその場にくぎ付けにして、部隊の避難に尽力していた。
既に巨大なモンスター、一つ首のツインネック・モンストラムがその全容がわかるところにまで、近づいていた。
「でかい割に移動が速い!」
奴は、度々並走している「魔物」達を大きな口でとらえて、喰らっている。
それがこれだけの巨体を長時間動かし続けることのできる理由なのだろう。
だが、捕食されている「魔物」達は摑まれば体をばたつかせ、逃げようとしているくせに、その場から離れようとはしなかった。
「こいつらに何が起きているんだ?」
(それがわかれば対応策もできるよ、ミノルフ。とりあえずは、この現状から推測できることはツインネック・モンストラムを「天の恵み」のところまで連れて行こうとする、何らかの意思が働いている。そのためのエネルギー供給源として、人類を少しでも除去するための捨て駒として、こいつら「魔物」達はその意志に、いいように操られてる。そういう印象を感じるよ)
ペガサスが翼を開き、「魔物」達の上を大きく旋回している。
当初は足の速い比較的小さめの「魔物」達が連なっていたが、そいつらは力尽きたように次々と倒れ、そして大型の「魔物」達に喰われていく。
そしてその大型の「魔物」達はツインネック・モンストラムに喰われていく。
ある意味見事なエネルギー供給システムだった。
「とすると、今前線がやっている「魔物」の駆逐は対「魔物」駆逐弾以外は、結局ツインネック・モンストラムのエネルギーを供給してるだけ?」
(つまりそうやって、ツインネック・モンストラムは「天の恵み」回収用搬送車を追いかけているという訳だ。だがすべてに付きまとう疑問だな。そんなことをしてまで、何故追いかけて来るのか?)
そう、生きているのであれば、「テレム」の豊富な森の中で、普通の獣たちも「魔物」もいる、たくさん食料のある世界を飛び出し、なぜ過酷ともいえるこの平原を走っているのか?
操るものがいる。
だが、誰が、何のために、しかもあんな大きな「魔物」ツインネック・モンストラムを手なずけてまで…。
(だが、その疑問を置いておいても、とりあえずは「魔物」の駆逐を中断して、戦線を後退するべきだな)
「確かにその通りだ。いたずらに兵力を失うのは愚の骨頂だな。小粒の奴らは勝手に死んでいくんだし。こちらが殺しても、他の奴らがその死肉を喰らい「テレム」を補給されてるんじゃ、ただの骨折り損ってやつだ。よし、一旦退こう。」
すぐに「スサノオ」に向け、リングの通信を開いた。
ミノルフの報を聞き、「スサノオ」はすぐに全軍に穏やかに後退の命を送った。
左翼、シリウス騎士団と正面の国軍はすぐにその命に反応した。
特に、無駄に殺しても、最終的に目的とするツインネック・モンストラム討伐に不利に働くだけとなれば、今は引いて、「魔導力」の小さいものだけでも、朽ちていくのを待つ方が賢明であることに納得できたからである。
だが、納得も理解もできず、ただ己が力を周りに見せつけたいと思う集団がいた。
「クワイヨン高等教育養成学校」の学生達である。
右翼のルーノ騎士団など、中小の騎士団は後退を開始したのだが、学生のチームの一部が後退を拒否した。それどころか、騎士団の支援を行い、「魔物」討伐を行っていた冒険者たちの命令を無視した。
騎士団が退いたその場所に学生たちのチームが残った。
上空から部隊の交代を援護していたミノルフはその異常に当然気付いた。
「後退しろ、命令だ!」
だが、彼らは動こうとしなかった。
「聞こえんのか!命令だ!後退しろ‼もう一度言う。後退だ!」
ペガサスを低空に旋回させ、再度動こうとしない集団に対して命令を繰り返す。
そのミノルフに鋭い瞳を、彼らは向けてきた。
「我々は後退を拒否します。これでも「特例魔導士」と認められた誇りがあります。先の賢者「スサノオ」の訓示でもありました。この戦線を死守することこそ、祖国クワイヨンを守ることと考えます。我々は奴らを掃討します!」
意気上がる集団。
明らかに自分たちの言葉に酔っている。
既に「魔物」達がそこまで来ていた。
ミノルフはペガサスを上昇させ、光弾群を突進してくる「魔物」達に浴びせた。
「時間は稼いだ!今すぐ後退しろ‼」
土煙舞う中、やはりその集団は動こうとしない。
ミノルフはその姿に苦渋に満ちた顔で眼下の光景を見つめた。
「馬鹿野郎どもが!」
【ミノルフ司令に伝令!残留する学生たちの身元が判明!】
「どこのガキだ?」
【ダージリン・ティー・アップル、アムロシアン・ノルバーク、ミカルフェン・テルサルをリーダーとする3チームです】
「ダージリン・ティー・アップル?アップル子爵絡みか?」
【次男です。特にバッシュフォード伯爵家に敵愾心を持ってるようです】
「嫉妬か。」
【その可能性が高いと思われます。このチームは「クワイヨン高等教育養成学校」の模擬戦でトップ3だそうです】
「ふざけんじゃねえ!遊びじゃないんだよ。」
(あまり激高するな、ミノルフ。もう手遅れだ)
下に目を向けると、その3チームが等間隔に移動、迫ってくる「魔物」達を迎え撃とうとしていた。




