第95話 ルーノ騎士団団長フォルク
少し明るくなってきたな。
ルーノ騎士団団長フォルク・ガスタングは布陣する隊列を見つめて、その後方の闇が白み始めるのをそう感じていた。
ダスクより渡された剣と盾は、噂では今迫ってくる化け物と戦った剣士と同じものだという。
「テレム」がこの剣と盾に塗り込まれ、自らの「魔導力」を強化しているらしい。
その噂が真実であることを祈った。
今回の作戦では、「天の恵み」回収での「魔物」を駆逐するということは聞いていたが、ツインネック・モンストラムとかいう化け物を相手にするなどということは全く想像すらしていなかった。
こちらは右翼に並ぶ他の騎士団とともに、化け物の周りにいる「魔物」達を掃討しつつ、化け物に攻撃して、奴の弱体化を促す。
ただ、こちらは指揮系統が全くまとまっていない。
ルーノの隊列はなんとかなるが、他の騎士団と歩調を合わせることはかなり難しい。
フォルクはできれば、このルーノ騎士団の被害を最小に抑えたいと思っている。
いくら「スサノオ」から国を守れと言われても、そんなことは、国軍とシリウス騎士団に任せたいところだ。
それに国を混乱させたシリウス騎士団にはしっかりと責任を果たしてもらいたいと思っている。
そう思う一方、戦闘用リングとアイ・シートから、こちらの働きを監視されているという一面もある。
騎士団自体の戦意がないと判断されても困る。
さらにここで、実績を積み重ねて、4大騎士団に登用されたいという、自身の欲もある。
あの化け物との対峙は命の危険を感じるが、それ以外の「魔物」の駆逐はしっかりとやっておく必要がある。
さて、どう動くのが自分にとって得するのか。
どうすれば危険を回避しうるか。
フォルクは自分の中に湧き上がってくる緊張と戦闘への昂揚とした心を落ち着かせようと迫り来る敵に視線を投じた。
戦闘用リングが警報を発した。
「「魔物」群接近!各自対処せよ!」
空を飛んでいたミノルフ司令が前に進みつつ、光の弾丸を前方に多数発射している。
その先に、確かに多くの黒い集団がこちらに迫ってきた。
異様な光景である。
いまだかつて、「魔物」達が集団で突き進むことなど見たことがなかった。
なぜなら、「魔物」同士は互いに捕食しあう関係だったはずなのだ。
「魔物」が集まれば、そこは殺し合い、食べるための存在だったはずだ。
ことを単純化すれば、「魔物」は他の「魔物」を捕食することにより、その「魔導力」をわが身のものにする。
そしてさらに強くなり、さらに強い「魔物」を喰らうことにより、より強くなっていくのだ。
それが今、横にいる「魔物」を見ることなく、こちら、即ち「天の恵み」に迫ってきているのだ。
今までの常識を覆される思いであった。
ミノルフの撃った光弾が着弾し、爆発する。
「魔物」達の体が四散し、吹き飛ばされる。
中にはその肉片を喰らうものもいたが、大部分は無視して突き進んでいる。
最大の「魔物」、ツインネック・モンストラムはその後方から迫ってくるはずだ。
今、迫ってくる「魔物」達の数は正確には解らないが、「天の恵み」の不時着地までに始末した「魔物」達の数は軽く超えている感じであった。
「弓矢隊!構え!」
フォルクは自らのルーノ騎士団所属の弓矢部隊に指令を飛ばす。
「「魔物」にむけ、うーてぃ!」
後方に控えていた弓矢の部隊が次々と鏃に「テレム」を込めた矢を飛ばす。
矢は放物線を描き、多くの「魔物」達のいる場所に撃ち込まれていき、破裂していく。
それでも、疾走してくる「魔物」。
まず、タイガー級と、ウルフ級が視界に入ってきた。
これに対して、正面に展開している国軍の機械化部隊の通常の砲撃装甲車3台がうなりを上げ、発進した。
砲塔から爆裂弾を「魔物」達に向け、次々と発射していく。
「魔物」達の死骸が次々と増えていく中、それを乗り越えてさらにモンキー級やベア級が接近してくる。
続いて、対「魔物」駆逐弾を連射する国軍機械化部隊。確実に「魔物」達を仕留めているのだが、それ以上の「魔物」達が押し寄せてくる。
現在、「魔物」達と接触した位置からすでに「天の恵み」回収用搬送車はさらに進んでいる。
すでに後方を走っている。そこに備え付けられた砲塔から、さらに弾頭が射出され始めた。砲弾はクワイヨン戦力の展開地を越え、ツインネック・モンストラムに直撃した。
だが、ツインネック・モンストラムはそのことに全く影響を受けず、進撃を続けていた。
リノセロス級、エレファント級もその姿を見せ始めた。
このA級の「魔物」達は道々に転がる死肉を貪りながら、歩を進めている。
左翼のシリウス騎士団が散開し、出てきたA級に対して、戦いに向かう。
ルーノ騎士団も他の騎士団と共に出てくる重量級の「魔物」達に対するため、各々障壁を張りつつ、移動を開始した。
フォルクも各隊に3人以上で「魔物」に対するよう指示は与えてあるが、すでに「魔物」と接触し、殺されたものも出始めていた。
フォルクは自分の足元にフライングソーサーを発生させることに成功し、空を飛びあがる。
ちょうど空をかけてきたタイガー級とぶつかり、盾で自分を襲おうとする牙を防いだ。剣を深々とそのタイガー級の胸元に突き刺す。
絶命したタイガー級は大地に落ちていく。
引き摺られるように落ちそうになったが、何とか態勢を立て直し、「魔物」の薄い場所に着地した。
が、着地した位置にすぐに「魔物」達が迫ってきた。
フォルクはそのまま盾を迫ってきたベア級にぶつけ、その盾に「魔導力」を集中する。
その盾がフォルクの「魔導力」に反応し、淡く光った。
そう感じた刹那、盾がそのまま爆発的な光を放出して、今まさにその爪でフォルクを引き裂こうとしたベア級の体が四散した。
さらにその後方に控えていたリノセロス級に、光の弾丸が襲い掛かり、防御力の硬い皮膚をあっさり切り裂いた。
攻撃したはずのフォルク自身がその光景に、呆然としてしまった。
「なんだ、今の光景は…。」
その四散したベア級とリノセロス級の血肉をモンキー級とビートル級といった底辺の「魔物」達が奪い合う様に食らっている。
この機会に自分の力を高めようとしているらしい。
フォルクは呆けていた自分に叱責した。
ここは戦場だ!こんな無防備にしていたらすぐに殺される。
死肉を喰らう「魔物」達を剣で薙ぎ払い、さらに血肉をぶちまけていく。
そのまま、後方に飛びながら、フォルクはハスケル工房製の剣と盾が、とてつもないことをしでかしている事を認めていた。




