第90話 「カエサル」の作戦案
「バベルの塔」の作戦指令室に「ランスロット」が一人、大型スクリーンに「天の恵み」回収用搬送車とツインネック・モンストラムの映像が表示され、その速度が示されていた。
「ランスロット」は、「天の恵み」専用通路での戦闘を終え、8名の負傷者とその回復に従事していたシリウス騎士団副団長のメタファスを拘束。「バベルの塔」内に連行し、治療と事情聴収部下にやらせている。
他の者は「鉄のヒト」も含めて全て綺麗に回収され、損傷したところは修復された。
もう、そこで何か起きた痕跡を見つけることは出来なくなっていた。
「ランスロット」自身も、さすがにアインとの戦闘は恐ろしいほどの消耗を強いられた。
「全く素晴らしい結果になったよ。」
「ランスロット」はひとり呟いた。
惜しむらくは、もう少し早くに「バベルの塔」に召喚すべきであったことだ。
そこで先程告げたアインの出自にまつわる話を、早い段階で伝えておくべきだったと、少し悔いが残るところだ。
とはいえ、この場にその籍を移行させたとしても、素直に聞いたかどうかは疑問である。
であれば、結局は同じ結果になったという事だろう。
済んでしまったことだ。
あの時点で「ランスロット」は、アインの能力がどれほどまで伸ばせるか、という行動に出た。
まず、アインの右腕を切断しておいて本人に治療できるかどうかを確認。
さらに失血している状態の身体に体内強化剤を含む戦闘食を食べさせ、体力の回復を増進させるということまでした。
さすがに万全の状態にまで戻すには時間が足りなかったが、そこから戦闘を再開。
「ランスロット」は次々と自分の戦闘技術を惜しみなく見せた。
特に通路内に高濃度の「テレム」を満たし、舞台を整えたうえで高度な「魔導力」を見せつけた。
するとほとんどタイムラグなしに、同じ技を「ランスロット」にぶつけてきた。
さらに空間に任意に光弾を出現させてきた。
実際に出現させられると避けるのが厄介なため、空間の歪みを感知した時点でその力を相殺はしたのだが。
自分の血を使い発生させた「幻体」も、すぐに使いこなして見せた。
「ランスロット」はその表情とは裏腹にかなり焦っていた。
自分が考えているよりも極端に早くアインの力は成長していったためだ。
一歩間違うとこの身体に危険が降りかかると思い、もう少しサンプルが欲しかったところだが、「幻体」に似て非なる「分身」を用いた。
幻体は本体と幻と言う関係だから、本体を無力化すれば幻体は消える。
しかし「分身」は全てが本物であり、もしこの状態から勝利をつかむためにはすべての本体を無力化しなければならない。
「幻体」を印象付けた後でのこの技の使用により、アインは完全に虚を突かれた。
結果、串刺しになってしまったのだ。
「ランスロット」にとってはただの実験の結果の収集と、後処理である筈だった。
だが、精神状態を安定に維持することはかなりの労力を強いられていた。
そしていま、さらなる精神的負担を強いる事態になった。
「天の恵み」回収用搬送車に対して、無力化に成功したと思われた首を破壊されたツインネック・モンストラムが追いかけてきているという事だ。
それを示す映像がこの巨大モニターに示されていた。
「何故こうなったのか?推測で構わない。説明が欲しい。」
画面に赤い髪を鬱陶しそうに掬い上げる「カエサル」が、まず見ることのない疲れを見せていた。
「ランスロット」は難しいとは思ったものの、そう求めた。
「二つあった首の一つを飛ばしても、奴の生命力を止めることが出来ないという事でしょうが。それよりもなぜこの「天の恵み」を追い求めてくるのか。しかも最大50㎞以上も離れたはずなんです。それをまったく迷わずに追いかけてくる。しかもあの巨体で時速25㎞/h以上で数時間にわたり移動している。今までの「魔物」達のデーターが全く意味をなしていない。それ以上に、「テレム」の濃度が低い状態で、追い続けることが出来ている現状が、どうにも納得がいきません。」
兵士、騎士全てを動員しての総力戦。
今の状況ではかなりの「魔物」達が集まってきている。
雑魚の掃討は可能だろうが…。
一番の災厄級の「魔物」、ツインネック・モンストラムと、どう戦う気だ、「カエサル」。
彼らの剣では奴の皮膚に傷をつけることもできなかったそうじゃないか。
「ランスロット」は届いている今回の回収作戦に関する戦闘記録を隅々まで精査している。
気になる点は何か所もあり、いかに今回の回収作戦が今までとは全く違う経過をたどっていることは認識していた。
それ故、戦う方法、正確にはツインネック・モンストラムを倒せる具体的な方法が見いだせなかった。
いまだ距離があるため、具体的な奴の体内の「テレム」量がどれほどあるのかは未知数だが、「テレム」切れを前提に討伐作戦を考えるなどはもってのほかである。
「すでにツインネック・モンストラムという呼称は正しくないですね。」
「首が一つ吹っ飛んでるからな。だがそれが何だと…、確かに首は吹っ飛んでる。小型飛翔機とやらが爆発したことによって…。いや、それは出来ないぞ、「カエサル」!」
ある一つの方法を思いついた「ランスロット」だったが、その危険性を考えると、とても賛成などできるものではない。
「「ランスロット」、何か考え違いをしています。奴の首を爆散させる方法として、重力制御装置を爆弾として使用することは全く考えていません。と言うより、あの爆発はフルチャージされたバッテリーの爆発だと思われます。ツインネック・モンストラムのレーザーの出力がどれほどのものかは不明ですが、重力制御装置を爆発させるには間違いなくエネルギー不足です。つまりバッテリーの爆発程度で吹き飛ばせる強度という事です。おそらく、「天の恵み」ほどの強さはないと思われます。」
「だとしても、そちらにあるどこかの箇所のバッテリーを奴の口に入れるだけでも、かなり危険だろう。遠隔操作の装置を組み立てるにしても、時間がない。」
「ランスロット」が、否定的な意見を述べるが、「カエサル」は首を横に振った。
「既に「天の恵み」の荷物のリストは拝見させてもらいました。」
「待て、「カエサル」。積み荷のリストは基本的に超極秘事項で、決められたものしか閲覧できないはず。」
「このクワイヨンの「バベルの塔」の執政長官代行の許可は得ています。」
「神覚者「ヤマトタケル」はいまだ目覚めていない。「スサノオ」か。」
「事態は急を要します。この「天の恵み」自体が狙われているとすれば、極秘もへったくれもありませんので。ところで、こちらのシリウス別動隊統合司令の戦闘記録には目を通していただけましたでしょうか。」
「もちろん、今回の戦闘記録は一通り読んでいる。」
「では、ミノルフの剣がまったく「天の恵み」を傷つけることが出来なかったこともご存じでしょう。」
「あの装甲に傷をつけることなど、かなり難しいはずだ。ミノルフの力が小さいからではない。」
「ですが、先ほどの共有資料の中に、「天の恵み」と同じ強度の素材を使用した通路の床を抉った者はいたという報告がありました。」
「アインのことだな。その通りだ。だが、奴は特別だ。実験体であり、私との戦闘で、その才能を引き上げられていったのだから。」
「確かに、現時点でのこちらの戦闘員にその力を持った者はいません。あくまでも現時点では、と言う話です。」
「現時点では?どういう意味だ。」
「こちらに正式な「特例魔導士」はいません。が、「特例魔導士」の卵たちなら、結構な数がいます。その子たちがその才能を底上げしてあげればいい。この「天の恵み」には偶然、それが出来るものが積んであります。その効力も、この目でしっかりと見ています。」
口角を少し上げて、上品とは言えない笑みを「カエサル」は浮かべた。
その「カエサル」の言葉の意味するところに、「カルスロット」は足が震え、思わず近くの椅子に捕まり倒れることを回避した。
「まさか、「テレム強化剤」か。」
「カエサル」は静かに頷いた。




