第87話 デザートストームとミノルフ
「まじかよ。」
今、オオネスカからの連絡でミノルフは呆然とした。
あの化け物がまだ生きている。
しかもこの「天の恵み」を追いかけてきている?
馬鹿な!この「テレム」の薄い状態で、あの巨体を動かしてまで、何故、こいつを追いかける必要があるんだ?
(恨み?憎しみ?そんな感情が、あいつにあるってことか?)
「いや、あれだけでかくなってるってことは長生きしてるってことなんだろうが、仮に知能なり感情なりが育っていたとしても、だ。首を一つ飛ばされて、今は生きることに必死なはずだ。だとすれば、ガンジルク山の森の中に戻った方が、「テレム」だって大量にあるし、食料も多いだろう。わざわざ、あの状況で、そこまで「天の恵み」にこだわる理由はないはずだ。違うか、ペガサス。」
(我々は確かにミノルフのように考える。だが、奴ら、「魔物」の思考などわかりようがない)
ガタガタと震える車両の中で、ミノルフは何が何だか分からなくなっていた。
「落ち着けミノルフ。今はその情報の真偽と、奴とこちらの位置を正確に知ることだろう。できれば飛竜を飛ばしたいところだが…。」
ダダラフィンは興奮しているミノルフに向かい、そう言葉を濁した。
「ああ、飛竜隊は全て王都に向かってる。ここには負傷しているペガサスとエンジェルしかいない。」
「これがオービットでなければ疑いの一つも出るんだがな。オービットは流石だ。40㎞くらいだっけ、索敵範囲は。」
バンスが感心するように呟く。
ほかのメンバーもその言葉に軽くうなずいた。
「現在すぐに追いつくということもないだろうが、こちらはでかいお荷物を抱えてる。そうそう、スピードをあげることもできんからな。こちらよりも早く移動していて、なおかつ、途中で息切れしなければ、追いつかれるってことだ。だが「テレム」がないのは一緒だ。奴の移動には「テレム」が絶対必要なはずだから、いきなりあの見えない攻撃が来ることはないと思うんだが。」
ダダラフィンは、今ある情報でそう推測した。
「奴には撃つための「ため」が必要そうだからな。」
グスタフも同意した。
「上層部への連絡は?」
「ああ、シシドー。オオネスカがすでに国軍兵士を通じて連絡を取ったそうだ。」
「ああ、世話係の美人の姉ちゃんか。」
グスタフが遠慮なくそんな感想を吐く。
「どっちみちこいつは絶対守る気だろうからな、「バベルの塔」は。シビアだな。」
「そうと決まれば、食うもん食って、力を貯めた方がよさそうだ。」
チームリーダーであるダダラフィンは、そこにいるチームメンバーとミノルフにそう声をかけた。
自分たちの背嚢から戦闘食をそれぞれだし、噛り付く。
「ミノルフ卿、あんたもどうだい。」
グスタフが、戦闘食であるスティックを齧りながら、まだ明けてない戦闘食を差し出した。
「ああ、有り難くいただくよ。」
ミノルフは自分の食糧の入っていた背嚢を戦闘指令車に置いて来ていたため、手ぶらであった。
これは先のツインネック・モンストラムとの戦いに備えて、極力体を軽くするためだったことが一番の理由だが、生き残れるとは考えない捨て身の思いの表れだった。
騎士としては美しく散るという美学をひけらかす奴もいるが、戦闘を生業とするなら、少しでも生き残る策を考えるべきである。
生き残った者が、勝ちなのだ。
ダダラフィンは、そのことを剣を教えるうえで一緒に教えたつもりであったが、徹底はできなかったようで少し残念に思っていた。
グスタフから差し出された戦闘食をほおばりながら、少し暗い目で自分を見ている師匠、ダダラフィンの胸中を察して、自分に対する戒めとした。
そう、生き残ることが勝利。
「ミノルフ司令、ペガサス達、飛竜は人間のものは食えんのかい?」
(基本、問題ない)
代わりに当のペガサスが答えた。
「じゃあ、おめえさんも食っとけよ。傷の治りもよくなるからさ。」
グスタフは無邪気にそういい、自分の背嚢からまた一つ、戦闘食のパッケージを開けた。
「お前はどんだけ、食いもんを詰め込んでんだ。」
ヤコブシンが自分の戦闘食を食べながら、次々と出てくるグスタフの背嚢にやれやれというような雰囲気で、声をかけた。
グスタフは胸を張って、誇らしげに言った。
「腹が減っては戦はできぬ。」
「確かに、そうだな。」
ダダラフィンがグスタフの言葉に同調した。
グスタフは戦闘食の包みをはぎ、ペガサスに差し出す。
ペガサスはその長い口をグスタフに伸ばし、差し出された戦闘食を咥えた。
そのまま前足で包みを抜き取り、そのスティックタイプの食べ物を口の中に入れた。
ゆっくり咀嚼し、飲み込む。
「飛竜用の戦闘食は用意していないのか?」
シシドーが、ミノルフに尋ねる。
「用意はしてあるんだが。抱えて飛ぶことがないんで、戦闘指令車に置いてあるんだ。言えば、持ってきてもらえるよ。」
後半はペガサスに向けて言っていた。
(ああ、大丈夫だよ、ミノルフ。ごちそうさま、グスタフ)
「いいってことよ。本当にまたツインネック・モンストラムと一戦交えなきゃならないとしたら、さっきと違って、総力戦だ。覚悟を決めないとな。」
「まったくだ。学生ばかりに押し付けてたら、冒険者として面目が立たない。」
ヤコブシンがそう言って、先の戦いに参加できなかったことに悔しさをにじませていた。
ふと、ミノルフはさっきから一言も発しないバンスが気になった。
バンスに目を向けているミノルフに気づいたダダラフィンは、そっと、ミノルフに耳打ちした。
「少しそっとしておいてやれ。同じ剣士として、お嬢ちゃん、アルクネメの成長に嫉妬してるんだから、さ。」
ジョークとも取れるような言い方をしてきた。
「ふ、それは違うでしょう。バンス殿がそういうことを考えるとは思えない。」
「そんなことはない。男なんて女子供に抜かれることが一番傷つくものさ。」
「おい、大将!変なことをミノルフ卿に吹き込むんじゃない。」
急にそばに来たバンスにダダラフィンは、ニヤリといったような笑いをこぼした。
「と言ったものの、嬢ちゃんの成長に嫉妬は覚えるがな。それよりも、技量の上達に心が追い付いていない感がある。それは心配ではあるさ。」
冗談とも、本気とも取れる言い方でバンスが言った。
「グスタフが言った通り、今度は総力戦だ。さっきのように逃げ切れば勝ちといった状況じゃあないからな。」
バンスの静かな声が、今だ、揺れの激しい車内に響いた。




