第86話 「天の恵み」回収用搬送車
「天の恵み」回収用運搬車両は、かなりスピード抑えて走っていた。
「天の恵み」は全長60m以上の巨大な建造物であり、かなりの重量を有している。
それを専用の運搬台に乗せ、かなりきつく固定化されている。
この車両は、当然強固にできているため、運搬車両自体の質量も大きくなっている。
その大きさ、重さのため、運搬は慎重に行われているということもあるが、山とは違い平坦な草原地帯を走行しているものの、多少の道の凹凸でもこの車両に対して、結構大きい衝撃となる。
オオネスカのチーム、並びにエンジェルは運搬車両に仮設された座席とベッドにいた。
エンジェルの体自体はかなり回復しているが、まだ空を飛ぶには心もとなかった。
この運搬車の上には国軍兵士がかなり乗り込み、「天の恵み」並びに運搬車両のチェックを行っていた。
何もしていないオオネスカたちは、非常に気まずそうな顔で、座っている。
すでにふたつの太陽は沈み、身体に伝わる風の温度も急激に下がってきた。
基本的にはオオネスカのチームはこの運搬車両の護衛という任務を与えられているが、ツインネック・モンストラムとの戦いで、精も根も尽き果てていた。
また、エンジェルの負傷もあって、この車両の後部に備え付けられたシートにその背を預けていた。
同じように負傷しているミノルフとペガサスはデザートストームのメンバーと共に、幌付きの兵員輸送車両に乗って、この運搬車の右斜め後方を同じ速度で走っている。
ほかの飛竜隊隊員は、王都で起こっている叛乱に対して、国軍より正式に要請があったため、負傷した2頭の飛竜は置いて、王宮に向かっている。
いくつかの戦闘車両も、同じように叛乱鎮圧のため、半分くらいの兵員輸送車が、できうる限りの速度で、王都に向かった。
現在、この「天の恵み」運搬車両の防衛は、国軍が7500、シリウス騎士団を含めた騎士団が5000、ほか、冒険者や学生を集めても15000人がやっとであった。
大抵の兵士たちは賢者「カエサル」の扇動に乗る形で、一秒でも早く王都に帰ろうとしていた。
一方「天の恵み」回収用運搬車に残っているのは、負傷兵が多かった。
アスカはいたるところに出向き、兵士の治療に力を注いでいた。
シシドーも他の車両を行き来し、負傷兵の治療に専念していた。
クーデターの全貌は今のとこわかってはいない。
首謀者が、シリウス騎士団団長のアイン・ドー・オネスティーであるという衝撃が伝わってきたぐらいだった。
「王都は、故郷は大丈夫でしょうか?」
不安げにアルクネメが国軍の下士官、メノカナ曹長に尋ねてしまった。
オオネスカのチームの世話役に抜擢された曹長は、少し黒に近いブラウンの髪の毛の女性であった。
年も23歳と若く、学生の世話には適していると、上層部が判断した結果でもある。
尋ねられた曹長に、そんな情報を持っているわけもなく、あいまいに笑った。
この復路では泊まる予定は定めていない。
これは早く「天の恵み」に収納されている荷物を「バベルの塔」に降ろし、中の荷物をすぐにでも使いたいからでもある。
「私からは何とも…。こちらには何も情報が降りてこないので。」
「そうですか。わかりました。ありがとうございます。」
アルクネメはそう言ってメノカナ曹長に力なく微笑んだ。
みんな、不安だよね。
オオネスカは心の中でそう呟いた。
もし、アルクの幼馴染がよこした小型飛翔体が生きていれば、通信ができたのに、と悔やまれる。
が、あの時、小型飛翔体をツインネック・モンストラムに突撃しなければ、最悪ミノルフ司令が死んでいた可能性を考えると、仕方がないとも思う。
そのミノルフ司令とパートナーであるペガサスと共に、「天の恵み」回収用搬送車両の斜め後ろを走る幌付きの兵員輸送車に乗っている。
この巨大な搬送車両の周りには、この車両を防護するように、兵員輸送車、砲撃装甲車、そして前後に戦闘司令車が走っている。
ガンジルク山より距離を開けた形で交易ロードの出入り口を目指している。
当然、ガンジルク山から距離を置いているのは、「魔物」達を警戒しているためである。
ゆっくりと進むこのキャラバンには、既に騎馬隊はいない。
やはり王都での叛乱鎮圧のため、早めに駆けて行ったのだ。
オービットは力を抜きながら、それでも周りの「探索」を続けている。
今の所は「魔物」達の存在は確認できない。
この平原では、かなり「テレム」濃度が低くなっている。
それだけに、わざわざ「魔物」達が出てくる可能性は少なくなっている。
「あまり根を詰めるなよ。」
マリオネットがオービットに声を掛けてきた。
「ふ、大丈夫よ、これくらい。実際、私の能力はみんなが守ってくれて初めて万全の体制が整えられる。でないと、中途半端になるからね。」
「それでも、オーブの能力は誰もが認めるものだ。お前の能力がなければ、俺たちの力だって中途半端のものになっちまうよ。」
「マリオだって、あの化け物相手に凄かったじゃない。」
その言葉に、少し俯き気味になった。
「俺も成長したと思うよ。でもな、アルクの才能には、ただ、ため息しか出んわ。学内での模擬戦闘では、完全にサポートだっただろう。それが、今回は名だたる戦闘経験者に対して、一歩も引かない。というより、完全に超えている時があった。とてもじゃないが、追いかけるのが精一杯だったよ。」
「それは逆の言い方をすれば、アルクがマリオの才能を引っ張ってるってことでしょう。」
「ああ、そうだな、確かに。そうだな、明らかにアルクに引っ張られる感じで、俺の力が大きくなった感じがするよ。」
「ふ、マリオなら大丈夫よ。すぐに、アルクを抜くことも不可能じゃないよ。」
「ああ、ありがとうな、オーブ。」
その照れた謝意に、オービットは柔らかい笑みを返した。
が、その直後、オービットの顔が硬直した。
「え、どういうこと?そんな、そんな…。」
急にオービットの身体が小刻みに震え出した。
「おい、どうした、オーブ!何があった?」
オービットは驚愕に目を大きく開き、マリオネットの顔を見る。
「あの化け物が…。ツインネック・モンストラムが、…。」
そこで、言葉を切り、口の中に溜まっていた唾液を飲み込んだ。
「ツインネック・モンストラムが、この回収車を追って、迫ってきてる!」




