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賢者の哀しみはより深く   作者: 新竹芳
序曲 第6章 叛乱の騎士団
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第82話 貴族

 アインは立っていることが出来ずに、膝をつく。


「何をされたかは、たぶん理解できないだろう。説明する気も今のところないよ。聞いてもらいたいことがあるんだよ、アイン。」


 アインは息を荒くしながら、右手を胸にあてる。

 直接心臓を止められたような衝撃だった。

「一つ不思議に思っていることがあるんだ。答えてほしい、アイン・ドー・オネスティー。」


 身体全体に力が入らない。

 思考に霞がかかり始めた。

 「ランスロット」の声も聞こえにくくなってきた。

 そのまま、つんのめるように倒れた。


「やり過ぎてしまったようだ。5体の私の「幻体」を相手にした後だったからね。私も大人げがなかったよ。君が分子間力を無効化する技を繰り出してくるものだから、ね。」


 その言葉はすでにアインには届いていなかった。

 唇が紫色に、体全体に血の気が引いたような白い肌になっていった。


 「ランスロット」がふと口元から力が抜けたような顔になると、アインの血流が息せき切ったように流れ出し、アインは全身に痺れにも似た感覚を味わった。

 それとともに意識も明瞭になっていく。


「よかったよ、アイン。私の声が聞こえるね。一つ、私の質問に答えてほしい。死ぬのはそれからにしてくれないか。」


 あまりにも不遜極まりない態度で「ランスロット」はアインに言い放つ。


 アインの生殺与奪の権は、今は「ランスロット」の手元にあることを痛感させられた。


「素直に聞いてくれてうれしいよ。では質問だ。君にとってオネスティー侯爵家というのは、そんなに大事なのかね。」


「あ、当たり前だ!自分の父がいて、母が俺を育ててくれた思い出の家だ。」


「ああ、ごめん。そういうことではないんだ。侯爵家、ひいては、貴族であることはそんなに大事なのかね。たかが貴族風情が平民を見下し、自分は働きもせず、自分の領地で働く平民から富を奪い、国に税金を納めない輩。君が命懸けで、クーデターまで起こして守ろうとしてるのが、自分の家というより、爵位なんだろう。なぜだ。」


 かなり根本的なことを、権力の中枢にいる賢者たる「ランスロット」がアインに問いかけている。

 滑稽なシチュエーションだ。


「この国の権力を手にしている「バベルの塔」の住人には言われたくないな。自分の家の価値を守るのは当然だと思うが。」


 やっと言葉を出すことが出来るようになった。

 先程の「ランスロット」の攻撃は何だったんだ。一体奴は俺に何をした?


 アインは「ランスロット」の攻撃を頭の中で分析しながら、「ランスロット」の質問に答える。


「我々「バベルの塔」の住人はそれだけの力がある。今回のようなことが起こっても、全く動じない力がね。強者が弱者を支配することは、基本的なことだ。悔しければ力を貯めて挑んで来ればいいだけの話だよ。」


「それが強者の論理だろう!」


「そうだ、強者の論理だ。では、貴族とは何だ?爵位とは何だ?何故、特権を有している?貴族は強いのか?」


 矢継ぎ早に繰り出されたその言葉に、アインは答えを返すことが出来ない。


「自分の家を守りたいという気持ちは理解できる。だが家を、爵位を守るという事が理解できないんだ。父も母も天に召された。嫌いな弟が家督を継ぎ、家が衰退する。全く君には関係ないことだろう。」


「爵位はその家のステータスだ。そのステータスを守るために国に尽くしている。このステータスは、この国の、この国に住む人々のためにその家が何ができるかという犠牲の精神の上に成り立っているはずだ。」


「貴族が高貴なる血族などと呼ばれるのは何故だ。貴族も国王も平民も流れる血は等しく赤い。その血液に貴賤などはない!」


 アインは何故、権力者の頂点にいるはずのこの男が、このようなことを言い始めたのか、理解に苦しんでいた。


 既に、貴族と呼ばれる家系は、何故か衰退しているところが多い。

 逆に、商人で賢いものが経済力にものを言わせて、その貴族の家系を乗っ取ることも多くなってきている。


 国家議会には貴族院と、衆議院の2院体制であり、しかも以前は貴族院の力が強かったようだが、今は主に平民に選挙権が認められている衆議院が、力を持っているという事実がある。

 何故、今自分は「ランスロット」とこんな話をせねばならないのだろうか?

 アインは本気で「ランスロット」の考えが理解できないでいた。


「貴族出身のものに多いのだが、貴族はえらく、平民は下級生活者とイメージが高い。私は、その根拠が、あやふやであることを問うているんだよ、アイン。であれば、君がオネスティー侯爵家などに縛られずに、この国のためにその才能を生かすという選択肢が確実に存在したんだ。「特例魔導士」の制度はこの国、いや、この「魔物」達に囲まれた世界では、どうしても必要だ。だからこそ、その職業の選択の自由を奪う代わりに、特権を用意している。貴族制度とはまったく別種のね。」


 アインの息は正常に戻りつつあった。

 だが、「ランスロット」に対抗することは、今の状況では難しい。

 奴の技をわがものにしなければ、対等な戦いなどできはしない。


「アイン、君は既にもう戻れないところまで来てしまった。今後の君の生き方を考えたい。君の力は、このクワイヨン国にとっては、非常に大きい存在だからね。ただ、アイン・ドー・オネスティーの名は、ここで死ぬことになるが。」


「そういうことか。この私から爵位を取り上げるために、貴族不要説を俺に聞かせた、という事だな。」


 少し困った顔で、「ランスロット」はアインに目を向けている。


「この世界で人類が発祥した当時は、基本狩猟を生活の基盤に据えていた。それが穀物を栽培するようになり、富める者と貧しいものに二極化していく。貧しいものが富めるものを襲うようになり、富める者は自衛のために力の強いものを雇い入れて、自分の富を守ろうとした。これが富裕層、つまりは貴族の誕生で、その貴族を守る存在として騎士が誕生した。」


 「ランスロット」はまるでその時を見ていたような、懐かしむ口調で話している。


「国王とは、その富裕層の中でもとくに強い経済力と、強い武力を保有していたものだった。当時の我々にとって、その形態は、人類の代表者として、我々と協力関係を気付く上で、非常に便利な存在だった。」


「「ランスロット」、あんたは一体、何者なんだ?」


「君たちの世界を見守ってきた「バベルの塔」の住人だ。貴族とは単純にその土地の有力者であった。それをまとめ上げ、国という形を築き上げたのが、ティンタジェル国王の祖になる。」


 アインは「ランスロット」に気付かれない様に自分の左腕に傷をつけ、出てくる自分の血液を集めた。


「貴族という称号は、「魔物」達の出現で定着していったよ。貴族たちが持っていた私財を放出して、事に当たった。それがこの国の城壁を作る礎になっている。だが、時代は明らかに変わってきた。既に貴族の価値はそれほど高くない。」


「で、俺に何をさせたいんだ。」


「顔を変え、名を捨て、一介の冒険者辺りになるのが妥当だろうと思う。」


 その時、右手にたまっていた自分に血をまき散らせた。

 と、同時に3体のアインの「幻体」が出現した。


「「ランスロット」、これが答えだ。」


 3体の幻体を引き連れ、アインは最後の勝負を仕掛けた。



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