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賢者の哀しみはより深く   作者: 新竹芳
序曲 第1章 「天の恵み」回収作戦 前夜
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第7話 ブルックスの想い

 もう一度抱きしめる。アルクネメの耳元に口を近づける。


「アルク姉、この作戦参加をやめることはできないのか?」


 その囁きに、アルクネメは軽く首を横に振った。


「それは出来ないわ。本音をいえば、怖いわ。このミッションに参加したくない。すぐにでもブルとお家に帰りたい。でもオオネスカ先輩には入学当時から、本当に世話になってるの。オオネスカ先輩の才能も実力も一流よ。その人が私に参加を頼んできたの。断るなんてできない。たとえ、どんなに恐怖が心を覆ったとしても…。」


 当然分かっていたことだ。

 でなければ、先ほどのあんな行動に出るような人じゃない。

 死ぬ可能性を感じて、生きている間に出来ることをしたい。

 その気持ちが痛いほどわかる口づけだった。


 ブルックスはそう考えて、そしていま彼女の助けになること、少しでも生還できる確率を上げることは、これしかないのだと改めて自分の持ってきたものをアルクネメに渡す決心をした。


「アルク姉さん、持ってきた装備がある。配布された装備と組み合わせたい。」


 自分の決意を込めて見られたアルクネメは、軽く頷き、野営テントに向かって歩き始めた。

 ブルックスもその横からアルクネメの手を握り、一緒に歩く。


 ブルックスは自分が乗ってきたバイクの後部に括り付けた荷物をほどく。


 しばらくすると戦闘用の一式を持ってアルクネメが姿を現した。

 背負う背嚢(ハイノウ)と実戦用としては弱々しい刀と小型の盾をブルックスのバイクの前に下した。

 左手には通常のリングがついていたが、右手には戦闘用通信リングが取り付けてある。

 水色の澄み切った瞳にはかすかに文字が浮き出ている。

 視覚吸着型情報伝達装置、通称アイ・シートと呼ばれる戦闘補助装置が瞳に装着されていることが分かった。

 この3種の装置は互いに連動し、司令官や戦闘オペレーターからの作戦指示や、戦闘状況を的確に戦闘者に伝達する。


 養成学校から支給された刀と盾は流石に使えそうもない。

 ブルックスはそう判断した。

 まだ、自分が造った「テレム」付きの盾と剣の方がいい。

 それが二組。

 伯爵家の先輩のところはまだ使えるものを持っているだろうが、アルクネメのチームの他の者がこの装備であれば、剣士か戦士に使わせた方が生還率が上がると思われる。


「なあ、アルク姉さん。確認したいんだが、姉さんのチームの構成はどうなってるんだい。」


「そうね、まだ話してなかったもんね。リーダーは当然、戦士のオオネスカ先輩。私以外はみんな5年生。あとは戦士格のマリオネット・オグランド先輩と医療技術者のアスカ・ケイ・ムラサメ先輩、探索者のオービット・デルム・シンフォニア先輩と、剣士の私で、合計5名。戦士のマリオ先輩と医療者のアスカ先輩が男性よ。」


 一瞬ブルックスの顔が曇った。

 その表情に何故かアルクネメは嬉しそうに微笑む。


「大丈夫、ブル。そういう感情を持つ人たちじゃないわ。」


 自分の嫉妬心を簡単に看過されて、ブルックスは少し顔を赤らめた。

 それを振り切るように国から支給された野戦用リュックサックを持ち上げる。


「姉さん、この中確認していい?」


「ふ、どうぞ、可愛いブル。」


 どうにも調子が出ない。

 ブルックス自身が初めての感情に自分自身がついていけないことを自覚していた。


 野戦用のリュックには戦闘時の戦闘食、水筒、医療セット、救助用の発煙筒と発振器と薬剤が数種類だった。

 簡易用のトイレパックはあったが、下着の類はない。

 生理用品関連も…。


「基本的に3日は生きられる程度の荷物よ。戦争ではないからか、分からないけど…。女性にはピルを既に渡されているわ。生理で集中力を欠くわけにはいかないものね。」


 少し寂しそうに笑っているアルクネメをさらって逃げ出したい衝動に駆られる。


「大丈夫よ。私たちはこれでも「特例魔導士」なんだから。そんな悲壮な顔しないで。」


「分かった、アルク姉さん。とりあえず、この背嚢を僕の持ってきたものと変えるよ。2種類持ってきたからちょっと背負ってもらえるかな。」


 「テレム」濃縮器の内蔵されている背嚢を担いでもらい、負担にならないほうを選ぶ。

 先程の荷物をすべて選んだ背嚢にしまう。

 そこでさらに背負ってもらい、身体への装着の調整をした。


「どう、背負ってみて?何か問題があれば、簡単な修正は今出来るよ。」


「大丈夫そうよ。でもこの右下から出ているコードみたいなものは何?」


「「テレム」濃縮器を付けてあるんだけど、今までのだと、ただ周りにばらまくだけで、評判が良くなかった。だからその細いチューブから高濃度の「テレム」を排出するように調整してみたんだ。まあ、「テレム」自身は無味無臭だからわかりづらいけど、「リング」と同期するように調整すれば濃度はある程度分かると思うよ。とはいっても試作品だけどね。」


「でも、「テレム」の増減で自分の力がどう変わるのか、判断できるかしら。」


 アルクネメはブルックスの説明に少し不安げな顔をのぞかせた。


「アルク姉さんの「魔導力」はすでに一定の割合を超過してるはずだよ。でなければ「特例魔導士」にはならないからね。そのチューブはこれから渡す武具に直接つなげることが出来るようにしてあるんだ。」


 ブルックスはそう言って、剣と盾をアルクネメに見せた。


「剣はこの柄のところ、盾は取っ手のところに差し込むようになってる。つまり直接、高濃度の「テレム」を注入することになるから。もし不安であれば、出来れば戦闘に入る前にどのくらいの威力か、試してみて。」


「わかった。適当なところで試し切りみたいにしてみればいいのよね。」


「そうしてもらえればいいよ。でもこのチューブが邪魔な様なら、すぐに外してもらえばいいよ。あとこの剣も楯にも、「テレム」そのものを蒸着して固定化しているから、今までの養成学校での武具よりも威力は格段に上がると思う。もし、「魔物」と相対した時には慌てないで、距離を取って戦うように。」


「それは教官からも先輩からも、いやっていうほど言われてるよ。」


 そう言ってアルクネメは少し笑った。

 一つ下の子の男の子は自分を死なせないために、思いつく限りのことをしてくれてることに、恐怖と戦っている自分の心を和ませてくれる。


「この剣と盾は二組持ってきた。もし、姉さんのチームで学校支給の装備の人があれば、変えてあげて。」


「え、良いの、他の人にあげちゃっても?」


 基本、ブルックスの持ってきたこの武具は、鍛冶屋「ハスケル」の売り物のはずだ。

 私のために持って来てくれたことは単純にうれしいが、この事態に武器は高く売れるはずなのだ。

 それなのに…。


「構わないよ。チームの戦力が高くなることは、アルク姉さんを結果的に助けることになるんだから。」


 ああ、そこまで考えてくれているんだ、ブルは。


 アルクネメはブルックスの想いについ、泣きそうになってしまう。


 ダメだ、この思いを抱えたままブルの瞳を見てしまえば、きっとこの思いがブルの心に流れてしまう。


 アルクネメは懸命に心に壁を作ってこの思いが溢れないようにしながら、ブルックスの持って来てる荷物に視線をさりげなく動かした。


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